16 全てなかった事になどできない
お祖父様と入れ違いに、アンディがエントランスホールに入って来た。
「ご苦労様。アンディ」
ジョセフを刑務所に拉致し無理矢理、剃毛と排泄をさせたのは、アンディと彼の私兵だ。私も一緒に行きたかったのだけれど三歳児の体では夜遅くまで起きていられない。
「……ジョセフ、貴女に何もしませんでしたね」
私の個人的な報復を終えた後、目隠ししたジョセフと一緒に車で帰って来たアンディは、扉の影で私とジョセフの会話を聞いていたのだ。もしジョセフが私に暴力を振るったら、いつでも飛び出せるように。
「あんな目に遭わされても、私に暴力を振るうなら本当に馬鹿じゃない」
私はちらりと嘲笑すると、アンディに、すまなそうな視線を向けた。
「それより、ごめんね。……前世の縁で私に力を貸してくれなくていいなどと言ったくせに、結局あなたに甘えて私の個人的な報復をやらせてしまって」
いくらブルノンヴィル辺境伯の孫娘であっても、まだ三歳児にすぎない私に従ってくれるのはアンディだけだ。
そして、アンディは、この世界で十二年しか生きていなくても、中身は秘密結社のNo.2だった《アイスドール》だ。辺境伯であるお祖母様の信頼も勝ち取り、実質的な家令としてブルノンヴィル辺境伯家を切り盛りし、彼個人が使える私兵も持っている。
だから、アンディと彼の私兵を使って「お父様」に対する私の個人的な報復をしてもらった。
この体が成長して前世のようなすぐれた身体能力を身についたのなら私一人でジョセフに「ざまぁ」ができたのだけれど、それまで待てなかった。
それだけ、クズ親父に対する私の怒りが大きかったのだ。
「構いませんよ。貴女が望む事なら何でもします」
ジョセフは今生の彼の主家の人間だ。ジョセフに「あんな事」をするなど許されない。けれど、アンディにとっては、どうでもいい事だ。彼にとって大切なのは自分が定めた主であって主家の人間ではないのだから。
「ところで、ロザリーは貴女にとって、その体の生物学上の母親にすぎないのでしょう? なぜ、あんな事を言ったのですか?」
――私とロザリーに何かしたり、私を怒らせたら、死んだほうがマシだという目に遭わせますので。
アンディが言っているのは、私がジョセフに言い聞かせたこの科白だろう。
「……彼女は、この体の『母親』だし、彼女なりに娘を想っているから」
私に暴力を振るえなくなったのなら、その分がロザリーにいくだろう。知らんぷりできなかった。
「……生まれ変わっても、その優しさは変わらないんだな」
アンディは私を褒めているのではない。その声音も表情も呆れがまじっていた。
「……私は優しくないわ。本当に優しければ、今生の父親に『あんな真似』しない」
「貴女が非情な人間なら消えた今生の自分など気にせず、ジョセフに、もっとひどい真似ができたでしょう。貴女のその優しさは、人によっては美質というのだろうが命取りだ」
ここまでは、私も冷静に聞いていられた。けれど――。
「だから、前世でも、あいつを殺すのをためらって死にかけた」
これは、言ってほしくなかった。
「……私を責めているの?」
アンディの言う通り、前世で「彼」を殺すのをためらって死にかけた。そんな私を庇って、前世のアンディは、《アイスドール》は死んだのだ。
「違います」
アンディは私と目線を合わせるためか、私の前に跪いた。
「私が勝手にした事です。貴女のせいではありません」
「……本当に前世で、あなたを死なせた事は、申し訳なく思っているわ」
前世で、彼が私の両親を殺すよう命じた人間だとしても、私のせいで彼を死なせていいはずがない。
「貴女は仰ったでしょう? 互いに前世の記憶があったとしても、今生では違う人間だと。だから、私に不要な罪悪感など抱かなくていいのですよ」
そう、前世の記憶があったとしても、今生は違う人間、違う人生を生きている。
「……それでも、全て帳消しになどできないでしょう?」
前世の事だとしても、互いにその記憶がある以上、全てなかった事になどできない。




