15 今生は肉親の愛など要らない
「男に生まれたからには、生涯『男』でいたいでしょう?」
真っ青な顔で、がたがた震え今にもぶっ倒れそうな「お父様」に私は微笑みかけた。
「あらあら、お顔の色が真っ青。ゆっくり休んでくださいな。風邪など引いてしまっては、看病するメイドが大変ですからね」
ジョセフをそんな有り様にした事は棚に上げての私の発言だが、ジョセフはもう私に悪態も吐かず殴りかかりもしてこなかった。ただただ得体の知れないモノを見るような目を私に向けてくるだけだ。
一刻も早く私から離れたいのか、ジョセフは、ふらつきながら自分にあてがわれた部屋に戻って行った。
その背中を見送りながら私は哄笑した。ロザリーの時とは違う意味で、おかしくておかしくて仕方なかった。クズな男の自尊心をへし折るのが、これほど楽しいとは思わなかった。
静まり返ったエントランスホールに幼女の高笑いが響く。今もって自分とは思えない笑い声だ。
「……君、ジョセフに何をしたんだ?」
階上から低音の美声が降ってきた。
哄笑をやめ見上げると、亜麻色の髪に紫眼の美丈夫が二階から私を見下ろしていた。私とジョセフの会話を聞いていたのだろう。
「おはようございます。お祖父様。お早いですね」
私は微笑みながら朝の挨拶をした。
「早起きして乗馬や武術の鍛錬が日課だからな」
お祖父様は階段を下りながら言った。普段暮らす王宮だけでなく、どこに行っても習慣を崩さないようにしているのだろう。
「ジョセフに何をした?」
私の目の前に立ったお祖父様は朝の挨拶を返さず同じ質問を繰り返した。
「しばらく女を抱けない体にしたんです」
私は隠す事なく答えた。
「え?」
お祖父様は美しい顔を強張らせた。
妙な誤解をされたのだと気づいて、私はそれを解くために言った。
「男性の大事なアレをちょん切ったりはしていませんよ」
父親を慕っていた今生の私に免じて、それはやめてやった。
私の言葉に、お祖父様は、あからさまにほっとした顔になった。いくら愛せない息子でも、同じ性を持つ者として絶対に考えたくない事だろう。
「刑務所に拉致して囚人達の目の前で無理矢理、剃毛と排泄をさせたんです」
そこまで言った私は、お祖父様が懸念するだろう事に気づいて、それを払拭するために付け加えた。
「あ、安心してくださいね。ちゃんとジョセフの顔は覆面で隠していたので、彼がブルノンヴィル辺境伯の息子、王子とは、誰にも分からないようにしましたから」
にこにこ笑いながら言う私を、お祖父様は何ともいえない微妙な顔で見下ろしていた。
「……『君』は、本当にジョゼとは違うんだな」
そう、ジョゼフィーヌでは、絶対にできなかった事だ。
「ええ。私はジョゼフィーヌとは違うから、彼女が決してできなかった事でもできるわ。今回の事も生温いと思っているくらいですから」
それでも、ジョセフには多大なダメージとなったのなら少しは溜飲が下がる。
「……『君』もジョゼなら受け入れる。私はそう言ったが」
そこで言葉をとめると、お祖父様は私をじっと見つめてきた。「私」と最初に出会った時、「私」が「ジョゼ」ではないと見抜いたのと同じ探るような眼差しだった。
「あんな息子でも、こんな真似をした私を孫娘とは思えませんか?」
それならそれで構わない。
「私が息子に『何か』するのを聞いていたのに、あなたは私をとめなかった。まあ、とめても、私はやめる気はありませんでしたが。そんなあなたに、私を非難する権利はありませんよ?」
「……私が言いたいのは、そんな事ではないよ」
てっきり非難されるのかと思っていた私は、きょとんとした。
「……祖父として常にあの子の傍にいて守る事もできなかった。愛する女との息子だのに、ジョセフを愛せず係わるのを避けていた。祖父としても父親としても失格な私が『君』を非難できる訳ないだろう」
お祖父様は国王で誰よりも忙しい身だ。常に孫娘の傍にいてやる事などできやしない。ジョゼフィーヌもそれが分かっていたから、優しいお祖父様に甘えてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。
そして、いくら愛する女性との息子であっても、愛せるとは限らない。……血の繋がった肉親であっても、愛だけはどうにもならないのだから。
「『君』もジョゼなら受け入れると私は言ったが……君にとっては、そんな事、どうでもいい事だったんだな」
お祖父様は真摯な眼差しを私に向けてきた。
「――ええ」
私は頷いた。
「今生は肉親の愛など要らない」
前世で両親が私を愛していなければ、そして、両親を殺したのが「彼」でなければ――。
復讐などに人生を捧げる事なく自分のためだけに生きられた。
……勿論、復讐をしようと決めたのは前世の私自身だ。誰も責める事はできないのだけれど。
「今生は誰かや何かのためではなく、自分のためだけに生きたいんですもの」
だから、「お父様」がこれ以上、私に何もしなければ、私ももう何もする気はない。
今生こそ人生を謳歌したいのだから。
あんなクズ親父のせいで台無しになどされたくない。
そう思っていたというのに――。




