12 私もまたジョゼフィーヌだから
「お嬢様?」
突然哄笑した私を戸惑った顔で見つめるロザリーに、私は笑いをおさめると、こう言った。
「……そうね。あなたとお祖父様の言っている事は、間違いじゃない」
魂が同じなら、記憶があるなら、確かに私もまた「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル」だ。
ジョゼフィーヌは今生の私で、私はジョゼフィーヌの前世だ。
けれど――。
「頭では分かってる。でも、私は、あくまで異世界で三十年生きた女で、この体で本来生きるはずだったジョゼフィーヌではないの」
――君もまたジョゼなら受け入れる。
お祖父様は、そう言った。
本来なら喜ぶべきなのかもしれない。孫娘の体を乗っ取ったと恨まれるよりは、ずっとましなはずだった。
けれど、私がまず真っ先に感じたのは、失望だった。
父親に、祖母に、愛されたいと願い続けて消えたジョゼフィーヌ。
その彼女が消え、新たに現れた「私」を受け入れるという。
私もまたジョゼフィーヌだから――。
その程度なのだ。祖父やロザリーの彼女に対する愛情は。
この肉体に表出する人格が「私」でも「ジョゼフィーヌ」でも構わない。
魂が同じだから、記憶を受け継いでいるから、それだけで、彼らは「私」という異世界からの転生者を受け入れられるのだ。
「だから、あなたが私をどう思っていようと、私は、あなたを母親とは思わない」
ただ、この体を産んだ女としか認識しない。
「……ジョセフィン妃から聞いたのですね。私が貴女を……お嬢様を産んだ母親だと」
私が「母親とは思わない」と言い放ったせいか、ロザリーは悲しそうな顔だ。
他の人はどうか知らないが、私は、そのくらいでは、ほだされたりはしない。
「聞かなくても分かる。だって、この顔は、あなたにそっくりじゃない。ジョゼフィーヌだって気づいていたわ」
「え?」
ロザリーは驚いた顔になった。彼女はジョゼフィーヌが自分が母親だと知らないと思っていたのだ。
「魂が同じ私が言うのも何だけど、ジョゼフィーヌは三歳児にしては賢いよ。だから、自分にそっくりで、自分に対して親身になってくれるあなたが母親だと気づかないほうがおかしいでしょう?」
私には、なぜロザリーがジョゼフィーヌが彼女を母親だと気づいた事に気づかないのか、そちらのほうが不思議だった。
「それでも、あなたにとってはつらい事だけど、彼女にとっての肉親は、お祖母様とジョセフだけなの」
自分に後継者である事だけを望む祖母と自分を疎んじている父親。
ジョゼフィーヌが愛を求めた肉親は、この二人だけなのだ。
……そして、それは到底無理なのだと諦めて、彼女は消えた。
「ジョゼフィーヌと私にとって、あなたは生物学上の母親でしかない。それでもまだ娘にこだわるの?」
血が繋がっていても優しくしてくれても愛せるとは限らない。
……誰よりも鬼畜で残酷な男を愛してしまったりもするのだから。
愛は理屈ではないのだ。
「……それでも私は、お嬢様も、貴女も、愛しているのです」
この部屋に来た時とは別人のように決然と言い放つロザリーに、私は呆気にとられた。
「……理解できない」
私は頭を振った。
「ジョゼフィーヌを愛しているのは分かる。本来この体で生きるべき、あなたの娘の人格だもの。でも、私は、いくら魂が同じでも、この体に表出してまだ一か月、しかも、あなたは私を遠くから見ているだけだった。私の事など何ひとつ知らないくせに、なぜ愛しているなどと言うの?」
「……貴女は違うと仰いますが、それでも、私にとっては、貴女もまた私の大切なお嬢様ですから」
「……私もまたジョゼフィーヌだから?」
確かに、私はもう《ローズ》でも、相原祥子でもない。
「相原祥子」の肉体は死に、「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル」として生まれ変わった。
彼らの言う通り、今の私は「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル」以外の何者でもない――。
「……あなたが私をどう思っていようと構わない。傍にいたければいればいい。でも、これだけは憶えておいて」
私はロザリーをひたと見据えた。
「私は今度こそ人生を謳歌したい。自分のためだけに生きたい。それを邪魔するのなら、この体の母親だろうと容赦しないわ」
「……私は貴女の成長を見守りたい。それだけが私の願いです」
生涯母だと名乗れなくても、メイドとしてでも傍にいて娘の成長を見守れれば、それでいい。
ロザリーの表情から、その気持ちを読み取って私は頷いた。
「その気持ちを決して忘れないで」
今生はできるだけ人を殺したくなどない。まして、それが自分を、この体を産んだ母親なら尚更だ。
一礼して部屋から出て行こうとしたロザリーに私は声をかけた。
「言い忘れていたわ。ロザリー」
怪訝そうに振り返ったロザリーに、私は言った。
「さっき、ジョセフが私を殴ろうとした時、庇おうとしてくれたでしょう。ありがとう」
まあ、やられたら、後できっちり倍にして返した。私はジョゼフィーヌと違って、やられっぱなしでなどいないから。それでも、庇おうとしてくれたのだ。きちんと礼は言うべきだろう。
ロザリーは固まっている。まさか「私」が「ありがとう」などと言うとは思いもしなかったのだろう。
「……何よ。私がジョゼフィーヌと違って、お礼も言えない人間だとでも思っていたの?」
いくら私自身が「ジョゼフィーヌとは違う人間」だと言い続けていたとしても、「私」という人間をまだよく知らないのだとしても、お礼も言えない人間だと思われていたのは心外だ。
「……い、いえ。私は当然の事をしたまでですから」
私の不愉快さが伝わったのか、ロザリーは慌てて言った。
「まあいいわ。これで、あなたとの話は終わったわね」
だから、今度は――。
「アンディを呼んできて」
彼に、してもらいたい事がある。