11 認めない!
エントランスホールには、私とアンディ、そして、私に何か言いたそうな目を向けるロザリーだけが残った。
ジョセフは戻らず、お祖父様とお祖母様、侍女達は誕生日会のために、会場になる大広間に行ったのだ。
「アンディ。あなたにお願いがあるの」
表向きのブルノンヴィル辺境伯家の家令はアンディの父親アルマンだが、彼は普段、王都パジにあるブルノンヴィル辺境伯家の館を取り仕切っている。はっきり言えば、ジョセフのお守りだ。
実質、ブルノンヴィル辺境伯の家令はアンディだ。外見こそ少年だが彼は転生者、しかも、秘密結社のNo.2にまでなった男だ。父親よりも、ずっと有能なのだ。だから、お祖母様はアルマンよりもアンディを重宝している。
お祖母様は能力至上主義だ。後継者に相応しいなら、孫娘でも、彼女の前世である私でも、どちらでも構わないとまで言い放ったのだ。それは、誰に対してでも同じで家令として相応しいなら外見が少年のアンディでも構わず重宝するのだ。
お祖母様の誕生日会もアンディが取り仕切っていて忙しいのは分かっているが、彼にしてもらいたい事があるのだ。
「……あの、その前に、私の話を聞いて頂けないでしょうか? お嬢様」
ロザリーが恐る恐るという感じで口を挟んできた。
(……ようやくきたわね)
いい加減うんざりしていた。この一か月、ロザリーの物言いたげな視線には気づいてはいた。かなりうっとうしかったが無視していた。お祖父様の科白ではないが「わざわざ教えてやる義理はない」ので。
先程の私とジョセフのやり取りで、とうとうロザリーも我慢できなくなったのだろう。
この世界には転生者が多いと聞いたので、私は三歳児のふりはしなかった。今までとはあまりにも違い過ぎる「お嬢様」に、メイド達は困惑していたが気にしなかった。私とまともに接してくれたのは、お祖母様とアンディ、そして、お祖父様だけだ。
「いいわ。話しましょう。いい加減、あなたの物言いたげな視線が、うっとうしかったしね」
「……申し訳ありません」
恐縮するロザリーに構わず私は歩き出した。
「私と二人きりで話したいんでしょう? 部屋に行きましょうか」
自室に戻ると私は座り心地のいいソファに落ちついたが、ロザリーは立ったままだ。どことなく緊張している様子だ。
今までとは違い過ぎる「お嬢様」に、ロザリーもどう接していいか分からなかった一人だ。ただ遠巻きに物言いたげに私を見ているだけだった。
今も「話を聞いてほしい」と言いながら、どう切り出せばいいか分からないようだ。
このままでは時間が過ぎるだけなので、仕方なく私から口火を切った。
「もう分かっていると思うけど、私はジョゼフィーヌの前世の人格よ」
「……やはり、そうだったのですね」
ジョセフと違ってロザリーは気づいたようだ。おそらく誰よりも、ジョゼフィーヌ自身よりも、彼女を気にかけていた人間だ。気づかないほうがおかしい。
「……お誕生日会で気絶して目覚められた時には、もう『貴女』になっていたのですね」
ロザリーの確認に私は頷いた。
「ええ。私は、あなたの大切な『お嬢様』じゃない。……彼女は消えた」
私が望んだ事ではないけれど、結果的に、この肉体を乗っ取ってしまった。
ロザリーに恨まれるのは仕方ない。
そう思ったのに――。
「――いいえ。貴女もまた私の大切なお嬢様です」
今生の私に酷似した顔、前世の私と同じ黒髪に暗褐色の瞳、それらを持つロザリーを私は凝視した。
「――本気にで言っているの?」
人間、感情が昂ると、それを抑えようとして無表情や平坦な声になるらしい。今の私がまさにそうだった。
だから、ロザリーには伝わってないと思う。
私の怒りが――。
「はい。魂が同じでいらっしゃるなら、そして、お嬢様の記憶を受け継いでいらっしゃるなら、貴女もまた私の大切なお嬢様です」
この部屋に来た時の緊張した様子とは一転、晴れ晴れと言い放つロザリーに、私は哄笑した。
おかしくて、おかしくて、仕方なかった。
そして、分かったのだ。
なぜ、ジョゼフィーヌがロザリーを母親とは思わなかったのか。
思うはずがない。
魂が同じなら、記憶を受け継いでいるのなら、「同じ人間」、「我が子」だと思える女を母親だと。
認めるはずがない!
私だって認めない!