108 女としての弱さ
前世でも今生でも狂戦士と呼ばれる祐だが、意外にもその表情も太刀捌きも狂気を感じさせるものではない。
その太刀捌きは見る分には舞を舞うかのように流麗で、その表情は敵を確実に屠るために効率よく考え動く、そんな淡々と仕事をこなす、感情を排した冷静さや冷徹さを感じさせるのだ。
だからこそ、対峙した人間は皆、恐ろしくなる。
死への恐怖も生への執着も何も感じさせず、ただ目の前の敵を屠る彼を自分と同じ人間とは思えなくなるのだ。
私が思った通り、国王の執務室に来るまで衛兵達と戦っていたくせに、祐は疲労とは無縁だった。
むしろ、押されているのは私のほうだ。
それなりに鍛え前世と同程度の身体能力は身につけた。そこらの男に負けない自信はある。
けれど、相手が悪かった。
(私が死んでも、せめて致命傷は負わせなければいけないのに!)
私の攻撃を祐は全て余裕で避けている。逆に私は躱しきれずに腕や肩を切りつけられている。深手でないのが、せめてもの救いだ。……けれど、それも時間の問題か。
「君は死にたいのか?」
ふいに鍔迫り合いの最中、祐がぽつりと問いかけた。
「は? 何言っているの? 死にたくないに決まっているでしょう!」
私は至近にいる祐を睨みつけた。
馬鹿馬鹿しい。あまりにも愚問だ。
せっかく前世の人格を保持したまま生まれ変わったのだ。前世とは異なる世界で新たな肉体であっても今度こそ人生を謳歌できるのなら、そうしたいに決まっている。
「……自覚がないのか」
祐は何やら一人で納得すると、その長い脚で私の腹を蹴りつけた。
「ぐっ!?」
予想していなかった攻撃に対処できず私は地面に倒れ込んだ。さらに最悪な事に両手から太刀が離れてしまった。
太刀を拾いに行く前に祐の右手の太刀が私の首に突きつけられた。
「前世もそうだったが、覚悟もなしで俺の前に立つとはな」
祐は苛立ちと怒りが混じる表情をしていた。
「……覚悟ならしているわ」
唯一恋した男であり今生の父親であるジョセフを殺す覚悟も、自分が死ぬかもしれない覚悟も、どちらもしている。
「いや。君の目も太刀筋も迷っている。そんな人間が殺し合いで勝てるものか」
「……何いって」
私は反論しようとして……できなかった。
(……ああ、そうか。私は――)
――心の奥底では祐を殺したくないと思っているのだ。
覚悟は決めたはずだったのに。
前世でもそうだった。
両親の仇である祐を殺すために生きていた。
けれど、実際に祐と対峙して……私の中の彼への恋心が、彼を殺す事をためらせた。
今もそうだ。
前世でも今生でも祐を手に入れる事は叶わないのに。
私達の行きつく先は殺し合いでしかないと理解しているのに。
祐への消せない恋心が、女としての弱さが、今こうして彼と対峙していても目や太刀筋に「迷い」として現れている。
祐の言う通り、こんな人間が殺し合いで勝てるはずがない。
「……そうね。認めるわ。私の負けね」
生まれ変わっても祐への恋心を消せなかった。
前世でも今生でも私は負けたのだ――。
恋心に、女としての弱さに。
前世で祐を殺せたのは彼が心の奥底で死にたがっていたのと……前世のアンディ、《アイスドール》の死を無駄にしたくなかったからだ。
私を庇って祐に殺された前世のアンディ、《アイスドール》。
私が祐への恋心や女としての弱さで彼を殺せず逆に殺されてしまったら《アイスドール》の死が無駄になってしまう。
それが許せなかった。
《アイスドール》が私を庇って死んだ事が私の祐への恋心や女としての弱さに打ち克つ事ができた。
けれど、私だけでは決して祐には勝てない。
「……もういいわ。私を殺して」
私が「私」である限り、祐への恋心は消せない。
そして、私の恋は絶対に叶わず、私達の行きつく先は結局殺し合いでしかない。
だったら、もうここで終わらせる。
前世の記憶があろうとなかろうと、もう生まれ変わらなくていい。
この恋心を抱きしめたまま「私」は消える。
祐が右手の太刀を振り上げた。
瞼を閉じる事はしない。最期の最期まで彼の姿を見ていたかった。
前世とは、まるで違うその姿。
今の私と同じ銅色の髪、赤紫の瞳。
私が唯一恋した人。
そして、今生の私のお父様――。
「――ジョゼフィーヌ!」
悲痛な叫び声で彼女は初めて私の名を呼んだ。
太刀を振り上げた祐の向こうから真っ青な顔でこちらに駆け寄ってくるロザリーが見えた。
柔らかな体に抱きしめられたと思った瞬間、鮮血が飛び散った。
それは、私の一番苦痛な記憶と重なった。
「……ロザ、リー?」
「……よかった。無事ね」
前世の私と同じ顔を苦痛に歪め、けれど私に目を向けると、ほっとしたように微笑んだ。
「どうして私を庇ったの!? 私は、あなたのジョゼフィーヌじゃない!」
「……貴女がどう思おうと……貴女も……私のジョゼフィーヌ……だから」
ロザリーは右手でそっと私の頬に触れた。
「……どうか生きて。あの子の分まで……幸せに」
ロザリーの右手がパタリと地面に落ち暗褐色の瞳が閉じられた。
「――お母様」
私がロザリーを母だと思えたのは、皮肉にも彼女が私を庇って死んだこの時だった。




