町を焼く鳥
予定外の寄り道はあったが、オーランドは今日の目的地――集会場に足を運んだ。彼らを待っていた男たちからの挨拶へ、オーランドは片手を上げてそれに応える。用意された席に着くと、オーランドは本題に入った。
「妙な大きな鳥を見たというのは、お前たちか?」
「はい、私達です」
「教会に口止めされそうになったそうだな」
「はい、絵を描いてみせたら口外するなと言われたのですが、本当に妙な鳥だったので、次期領主様のお耳に入れておいたほうがいいかと思いまして……」
「一体、どんな鳥だったんだ」
オーランドが聞くと、男たちは次々にまくし立てた。
「ものすごく大きな鳥だったんですよ!」
「羽ばたかないのに、ずっと飛んでるんです」
「変な鳴き声をずっとあげてるんですよ、ゴォォォォって」
「驚くくらい高く高くを飛んでいたんです、たまたまいた名手の猟師に矢を射かけさせても、まるで届かないくらい」
「そして、教会の上あたりで、黒い筒を落としたんです。そしたら、教会から火が上がったんです!」
……妙な鳥だということはわかるが、想像がつかない。オーランドは頼んだ。
「絵を描いたそうだな。見せてくれないか?」
「教会に取り上げられてしまいましたが、同じものが描けます」
「描いてくれ」
「はい、ただいま」
男はチョークを取り出して、石版に絵を書き始めた。
それは確かに妙な鳥だった。細い翼をまっすぐに広げていて、嘴がない。その時、聞きたくない声がした。
『うそ、ヒコウキ!?』
――愛しているわ、オーランド。
幼い時、オーランドが毎晩おびえていた声。それとは少し違うが、その甘さと柔らかさは、間違いなく女だった。
「なぜここに女がいる!」
怒りをあらわにしたオーランドを、皆が不思議そうな顔で見た。次期領主としての俺を否定するな。俺は、無力な子供じゃない! オーランドの内心をそんな言葉がかけ巡ったが、口に出していけないことだ、とオーランドはすぐに思いだした。あれは、俺が、次期領主ではないことになってしまう言葉だ。
「次期領主様、ここには女はおりませぬ。きっと、小道を通る女のおしゃべりが耳に入ったのでしょう。外の事は、我々にはどうしようもごぜえません」
「そうだな。きっとそうだろう。取り乱した」
領民の言葉がオーランドの心を冷ましていく。オーランドは頭を掻いた。
オーランドが女の声すら嫌がる理由を、誰も知らない。だが、彼の女嫌いを知らない領民はいない。だから領民の女たちは決して次期領主には近づかないし、男たちも女を近づけさせない。よき領民たちのおかげで、領地に出向くことはしょっちゅうのオーランドだが、おかげでここしばらくは女の声すら聞いたことがなかった。理由を知る者がいない限り、俺は次期領主でいられる。オーランドは次期領主としての表情を作った。
「……教会に、事情を聞いてみよう。お前たちが話したということは黙っておく」
「ありがとうございます」
男たちに見送られ、オーランドは集会所から歩いて教会へ向かった。街は祭りの熱気で賑わっている。復活祭に欠かせない焼き菓子の香りが漂ってくる。
教会特有の黒光りする屋根は、〈神の目〉と同じように子どもたちが磨く対象だ。今年は屋根磨きで落ちた神学校の生徒はいないだろうなとオーランドが思っていると、女の声がまた響いた。
『え、なんで、タイヨウコウパネル……』
あたりを見回す。集会所の時と同じく、彼に話しかけられる距離には女はいない。
「パネル?」
オーランドのひとりごとにこたえるかのように、女の声がまたした。
『太陽の光からデンキを取り出すキカイよ、なんでこんな所にあるの!?』
その声は自分の胸元から聞こえたようにオーランドには思えた。もしや、ペンダントが話したのか。少なくとも、今は自分の周りに女はいない。自分の近くにいる人間は、影のように俺についてきているデリックだけだ。
教会につき、オーランドは応接室に案内された。デリックは援助に関する細かい打ち合わせのため、オーランドとは別行動になった。
神父は礼儀正しくオーランドを迎えた。手を揉みながら慇懃に頭を下げ、上目づかいに口を開いた。
「次期領主様、今回は、援助を誠にありがとうございます」
オーランドは鷹揚に見えるよう気を付けつつ答えた。
「怪我人への援助が有効に使われていて何よりだ」
「神のために、再建に引き続きの援助を頂けるものと」
「神の最も尊ぶ事は、信仰とその実践によるものだ。ノーデンは凶作が続いている。これ以上の金銭的援助はできない」
教会への反抗は、すなわち神の反抗と取る者が多数だ。デリックがはらはらしている気配をオーランドは感じたが、あえて無視した。一ユードでも金を集めようとする教会の姿勢がオーランドは気に入らない。富めるものが神の国の扉をくぐるのはらくだが針の穴をくぐるよりも難しい、と聖書は述べる。しかし、神の国へ行くための信仰は、地上の国が豊かであればあるほど盛んになるというのがオーランドの持論だ。
神父も凶作のことに触れられるとばつが悪いらしく、それ以上援助を求めようとはしてこなかった。
「ところで、修道院の火事の原因についてですが――」
オーランドの声は、異様な音にかき消された。
ばきり、と石が砕ける音がしたと思うと、それはすぐにかん高い木材のへしゃげる音に変わった。屋根に大穴が開き、人ほどの大きさの何かが落ちてきた。神父を折れた木材が直撃し、神父は倒れ伏した。助けなければ。オーランドが彼に近づこうとすると、また女の声がした。
『伏せて耳をふさいで! 口を開けて目を閉じて! そうしないと、死んじゃうわよ!』
とっさにオーランドは女の声に従った。次の瞬間、轟音と熱風がオーランドを襲った。再び目を開けた時、教会の半分は粉々に吹き飛んでいた。見上げると、空には大きな鳥のような黒い影が飛び去っていた。
「……ひこうき?」
苦しげなうめき声で、オーランドは現実に引き戻された。血まみれになった神父が、両腕を使ってどこかへ進もうとしていた。
「神父殿、外に出よう! まずは傷の手当が必要だ!」
「地下室に……いかなければ」
「地下室に、あの生き物をどうにかする手段があるのか?」
「聖職者の……務めだ……アレはまたくる……」
神父は気絶した。半壊した教会は、あっと言う間に燃え上がった。オーランドは炎の中を神父を背負って駆け抜けた。オーランドが教会の敷居をまたぐのと同時に、デリックが駆け寄ってきた。
「次期領主様、ご無事でしたか!」
「ああ。まずは、神父の手当を頼む」
教会の周りはハチの巣をつついたような騒ぎだった。
「何だ、今のは!?」
「一体何があったんだ!?」
「俺は見たぞ! あの大きな鳥から何か落ちてきた!」
オーランドは声を張り上げた。
「落ち着け! 火を消せ! 燃え広がるのだけは防げ!」
消火団が駆けつけ、火を叩き、水をかける。類焼だけは防げそうだ。オーランドは緊張を少し緩めた。この火事は、ただの火事ではない。空を飛ぶ巨鳥によって引き起こされのだ。そういえば、自分は空耳かもしれないが、あの巨鳥の名前を聞いた。オーランドは記憶を辿ってみる。
「ひこうき、は町を燃やす鳥のことなのか?」
『違うわ。空を飛べる機械よ。あれは……たぶんバクゲキキ。建物を壊す飛行機よ』
こぼれてしまった思いにこたえる声があった。オーランドはわらにもすがる思いで問いかけた。
「旧世界の技術なのか?」
『うん……あんなのにやられたら町中火の海よ、街を焼くためだけの飛行機だもの』
「街を焼く!?」
『普通はこんな一撃じゃすまないわ、なんであんなのが来たのかわからないけど……何機も来てあちこちを燃やしてしていくわ』
「何故そんな……いや」
あれが何個も来るのだとしたら、街への被害は甚大なものになるだろう。だとしたら、次期領主として、考えることは一つだ。領民を守るために、奴らを追い払う方法だ。
「おい、あの飛行機がもしまた来たら、追い払うにはどうすればいい?」
『電気もないような技術水準じゃ無理よ! ただ焼かれるしか……』
電気、ときいてオーランドはひらめいた。
「さっき、電気とやらを取り出す機械が教会にあると言っただろう、それを使って何かできないのか?」
『教会の屋根って、みんなあの太陽光パネルなの?』
「大体がそうだ」
『じゃあ、太陽光パネルがある教会の地下に何かあっても、おかしくないと思うけど……』
「わかった」
「次期領主様、神父様を救護の者に預けてまいりました。逃げましょう!」
デリックがかけよってきた。オーランドは首を振った。
「デリック! 俺はそこの教会に用が出来た。教会の地下室に行くぞ」
「何をおっしゃるのですか!? 危のうございます、それに地下は教会の神父以外出入り禁止です、中央教会の者がなんと言うか……」
老人は仰天した。構わずオーランドは続ける。
「地下に、さっきの鳥がまた来たら追い払う方法があるかもしれないんだ。理由は言えないが」
「しかし……」
『大丈夫なの? 危ないわよ?』
オーランドは、二人に同時に答えるつもりで言った。
「俺には領地を、領民を守る義務がある」