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天使

暗転したオーランドの意識に、異端審問官たちの会話が届いた。


「ここまで見られてしまったからには全員始末しないといけませんが……ノーデンの跡継ぎがいなくなると騒ぎになるのが問題ですな」


オーランドが目を開けると、隣にニールが倒れていた。頭を回すと、抱き合って恐怖に震える民と、ニールの横で呆然としている黒い男――フォーサイスが視野に入った。

 そして、目の前には鉄格子が聳え立っていた。その向こう側に、異端審問官とデリックの背中が見えた。外国人を助けようとした民と、俺とニールは牢に入れられたのに、どうしてデリックは向こう側にいる? 疑問に思ったとき、デリックが異端審問官にこたえた。


「心配ありません、ノーデン現領主の血を引くものは他にもいます。そもそもそこに転がっている男は、ノーデン現領主の嫡男ではありませんからな」


オーランドはその言葉に硬直した。確かに、自分を養育し、忠実に仕えてくれたデリックに裏切られた衝撃もあった。

それ以上に、自分が嫡男ではないという言葉は、オーランドの自我を根底から揺るがした。信じられる唯一の肉親と血が繋がっていなかった。そんなまさか。しかし、あの母親ならあり得る。貪欲に若い男を求めた獣だ。しかも、デリックはオーランドが生まれる前からガーティン家に仕えている。信憑性は非常に高い。方法は分からないが異端審問官に殺されるかどうかの瀬戸際だというのに、オーランドは自分の事しか考えられなくなった。大嵐にかき混ぜられたかのような錯乱寸前の思考を話せる程度に整え、軋む体を起こし、オーランドはあえぐようにデリックに問いかけた。


「デリック、どういうことだ、何を考えてる……!」


「私の役目は元よりノーデンの監視にありましてな。あなたは妙に旧世界の知識を求める傾向にある。この国の清浄性を保つためにも、そろそろ消えていただきましょうか」


「……お前は元から教会寄りの立場だったのか」


「左様」


「教会は何を考えてる!? 確かに爆撃機1つや2つは追い払えるようだが、あれが百も二百も来たらどうするんだ! 備えるにはどうしたって」


オーランドの言葉はデリックの笑い声にかき消された。


「凡百の民などはどうでもいいのですよ。我々の目指すところはもっと先にある。どんな富でも買えない、どんな栄誉よりも上を行くものが……」


朗々と話し続けるデリックに、パーソンが口を挟む。


「ウリエルがガスの準備ができたと言っています。密閉しましょうか」


「おや、もうそんな時間ですか」


「こういう時には旧世界のものも役に立ちますな」


「まったく」


「しかし入力が実に面倒です、当時のように声だけで命令できると良いのですが」


会話の間にも、鉄格子と異端審問官の間に透明な壁が降りてきた。まるでこの世とあの世を隔てるかのように。壁はガシャンと大音響を立てて閉まる。同時に、シューッと言う音とともに、天井から瘴気が噴き出してきた。オーランドは力なく辺りを見回した。皆咳き込んでいる。瘴気に体は痺れ、バタバタと民が倒れる。ここまで、か。結局のところ、俺は母親にもてあそばれ、女の言いなりになって行動し、教会に逆らった結果、民を助けられないまま殺される。俺はノーデン領主の嫡男ですらなかったらしい。

結局のところ、俺は身分もない、つまらない人生の男だったんだろう。オーランドは目を閉じた。あちこちから祈りの声が聞こえる。神を信じ、隣人を愛した結果がこれだ。


「ウリエル、神の御前に立つ四人の天使の一柱。神の光にして神の炎よ。裁きと預言の解説者よ。焔の剣を持ってエデンの園の門を守る智天使よ。懺悔の天使として現われ、神を冒瀆する者を永久の業火で焼き、不敬者を舌で吊り上げて火であぶり、地獄の罪人たちを苦しめる者よ。最後の審判の時には、地獄の門のかんぬきを折り、地上に投げつけて黄泉の国の門を開き、すべての魂を審判の席に座らせる者よ。我が声に答え給え」


ニールが耳慣れない祭文をぶつぶつとつぶやく。あきらめろ。全て手遅れだ。神に祈ったってなににもなりはしない。オーランドがそう思った瞬間、聞きなれない男の声がオーランドの耳朶を打った。


『キーワード、クリア。臨時監督者として認証します』


「お願い、ウリエル! ガスを止めて!」


少年の声にオーランドが霞む目を開くと、ニールがいつの間にか体を起こしていた。彼は矢継ぎ早に指示を出す。


「お願い、ウリエル! 強制排気して!」


ニールが言葉を発するや否や、ゴウ、と強い風の音がして瘴気が薄くなる。


「お願い、ウリエル! 隔壁を開けて!」


透明な壁が上昇を始め、元通りに天井へ収まった。


「お願い、ウリエル! 檻の鍵を開けて!」


ガラガラと音がして、鉄格子が左に移動し、牢と外の境界が無くなった。


オーランドがしっかりと目を開けると、パニックを起こしたデリックたちが見えた。彼らもニールが何をしたのか分かっていないようだった。


「声で命令!? なぜ!?」


「なぜあの少年が知っている!?」


混乱の中でも、パーソンは冷静さを保っていた。おもむろに口を開き、指示を出す。


「落ち着け、同じように命令すればいいだけだ、お願い……」


「お願い、ウリエル! 言語設定を日本語にして! 音声操作以外の操作を拒否して!」


『了解しました』


ニールはぴしゃりとパーソンの言葉をさえぎった。ウリエルが彼に応えて、意味が分からない音を返す。その途端、異端審問官たちがいくら命令しても牢は閉まらず、瘴気も出てこなかった。

異端審問官の誰かが癇癪を起こしたのか、金属の台を殴りつける音がした。お願い、お願いと懇願しているにもかかわらず、ウリエルに完全無視される彼らの姿は滑稽で哀れだったが、オーランドには彼らを笑っている余裕はなかった。それよりも、ニールがどうしてこの窮地を脱出する方法を知っていたかを一刻も早く確かめたかった。


「どういうことだ、なぜこんなやり方を知って……!?」


オーランドは痺れた舌と口を気力で動かした。ニールは彼の問いかけを無視する。オーランドなど存在しないかのように。ニールは柔らかい口調でフォーサイスに話しかけた。


「日本語話せますか?」


「は、話せますけど……」


むせながらフォーサイスは答える。ニールはオーランドには理解できない音を発した。


「お願い、ウリエル! 日本語の指示に従って!」


『了解しました』


ウリエルもニールとよく似た音を発した。異国の言葉だ。俺が知らない。オーランドは急にニールが遠くなったように感じた。ニールはオーランドにも分かる言葉でフォーサイスに話しかけた。


「今ここの機械は日本語しか通じないようになってます、適当に命じてください。たとえば――あの教会の人たちの方にさっきのガスまくとか」


「パーソン様、撤退しましょう! このままでは異教徒に殺されて終わりです!」


デリックは脱兎のごとく逃げていった。パーソンやほかの異端審問官たちも彼に続いた。すべての教会関係者が地下牢から逃げて行ったあと、ニールは無言で牢の出口に向かって足を進めた。オーランドは慌てて彼を呼び止めた。ニールには聞きたいことがたくさんある。どうしてガスを止められたのか。なぜ異国の言葉を知っているのか。


「ニール、助かったが、一体どうしてここのことをよく知ってるんだ、お前は一体……」


ニールは寒月のように冷たい目でオーランドを一瞥した。


「ニールくんなら、まだ気絶してるけど?」


オーランドが視線を下げると、ニールの手には見慣れた首飾りの鎖があった。


「……カーラ?」


彼の問いかけに答えることなく、ニールは牢から出ていった。



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