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嵐の残響

嵐の吹き戻しの風を受けて、びょう、と索が鳴る。オーランドは天を仰いだ。使い込まれて黒光りする三本のマスト一杯に、はち切れんばかりに風をはらんだ灰色の帆。彼が乗っているのは、大型漁船だ。空の船倉に新鮮な魚を詰め込むため、海の果てへ向かう船だ。余計な装飾のない力強い船体に似合った、荒海に鍛えられた男たちの怒号が甲板を行きかう。マストの上と下でも情報交換が行われていた。


「異端審問官の船はどこだ!」


「上流に向かってる!」


「よし! 見失うな!」


マスト上の見張りの声に、オーランドも身を乗り出して前を見る。指先ほどの大きさの、真っ白に塗られた船体と真っ白な帆と、マストの先端に施された金色の十字架が傲然と輝いていた。神の威光がそのまま地上に降りてきたかのようだ。しかし負けるわけにはいかないと彼は気合を入れなおした。

この船はノーデン最大級の漁船だ。しかし、今日の彼女は魚群を追ってはいない。彼女の獲物は異端審問官の船――ひいては、罪もなく引き裂かれた民たちだ。彼女の船倉には家族を奪われて怒れる男たちが満載され、大河を遡上している。


「教会に逆らうだけでなく、本来の意図以外で物を使うなど……次期領主様はどうかしておられる」


オーランドの横で、震えながらデリックが愚痴る。ニールも不安げにオーランドの顔色をうかがっている。オーランドは聖書を引用して言ってやった。


「イエスはシモンに言われた。『恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる』身分の低い漁師が尊き使徒になるぐらいだ。船が魚ではなく、人間を取り戻しに山に向かうことなど、ささいなことでしかないさ」


二日二晩の追跡行の末に、オーランドたちは教会の船がアフェクの教会専用の埠頭に係留されているのを発見した。教会はノーデンの中にあって、ノーデンの支配が及ばない場所だ。ならば、教会に自分たちが干渉されないよう、対策を取った方がいい。オーランドはアフェクの貴族専用埠頭に船を付けさせた。ここなら理由なく聖職者に船を奪われる事は無い。しかし、一言伝えておかなければ。オーランドは使者を募った。


「アフェク城に行ったことがある者はいるか?」


「ここに! 厨房に魚を卸しておりました」


「ならば、次期領主の使者として女伯ブリュンヒルドに伝えろ。アフェクの貴族専用埠頭を次期領主が使っていることと、嵐の後で起きた出来事全てを話せ。そして、連れ去られた民を取り戻すべく教会に行く事を伝えてくれ!」


「仰せのままに!」


月に照らされ、使者の男がアフェク城へ続く坂道を駆け上がる。オーランドは見えなくなるまで彼を見送った。ブリュンヒルドさんは旧世界の物に理解がある。今は性別の好き嫌いなど言っていられない。重視すべきは知識と人格だ。彼女は、どちらも申し分ない。

オーランド率いる本隊は川沿いを進み、アフェクの教会へと向かった。教会の両開きの扉はわずかに開いていて、鍵はかかっていないようだ。好都合だ。オーランドは力任せに扉を押し開けた。


「たのもー!」


「家族を返せ!」


「よくもおふくろを連れ去ってくれたな!」


オーランドに続いて、礼拝堂へ男たちが突入した。月明かりがステンドグラス越しに差し込む静謐な空間は、一瞬で男たちの足音や鬨の声で崩壊した。聖職者が飛び出してくるものとオーランドは身構えた。

しかし、何も起こらなかった。当然あってしかるべきざわめきが無かった。オーランドたち以外の人間の気配が、無い。夜であってとしても、普段なら神父やその小間使いが出てくるはずだ。言うまでもなく、フォーサイスたちも見当たらない。


「一体どういうことだ?」


「神の御意志ですよ。次期領主様。きっと、神様が罪深き者たちを消し去っていったのです」


オーランドの独り言にデリックがもっともらしい事を言う。オーランドは彼を信じなかった。神が罪深きものを消し去るというなら、教会が爆撃機に焼かれることは無かっただろう。オーランドは思い出した。あの時。教会の地下には旧世界の遺物があった。カーラの指示に従って俺は遺物を操作し――爆撃機を攻撃し、おそらくはそれに乗っていた人間を、殺した。この教会の地下にも、人間を殺せる旧世界の遺物があってもおかしくない。オーランドはとっさに命令を下す。


「アフェクに土地勘がある者は周りに聞き込みをしろ! それ以外は家探しだ! 地下に続くような隠し扉や、不自然な物を動かした痕を探せ!」


「承知!」


男たちは二手に分かれ、すぐに仕事に取り掛かった。聞き込みの結果、日が落ちてからオーランドたちが突入するまでの間に、教会の中に見知らぬ多数の人間が連行されていることが判明した。裏はとれた。確実に地下室がある。オーランドは確信した。

 しかし、隠し通路は礼拝堂の長椅子を全て動かしても、いくら壁をたたいても見当たらない。無慈悲に時間は経っていく。月が中天に達し、十字架が乗った祭壇をくまなく照らし出す。その時、漁師の一人が声を上げた。


「十字架の置かれてる祭壇の下に、フィーナのスカーフがある!」


オーランドが視線を動かすと、確かに、白地に青い模様が入った布が祭壇の下に落ちていた。女物か男物かの判断はつかなかった。漁師仲間があきれたように彼に言う。


「見間違えじゃねえのか? 女は教会に入れねえんだ。祭壇に女が近づくなんて、ありえねえぜ?」


「嵐の直前に買って、結婚の申し込みの贈り物として送ったんだ! 間違える訳がねえ! しかも、特注して入れてもらった青いバラの刺繍がある! 見ろよ!」


彼はつかつかと祭壇に近寄り、祭壇の下でしゃがみこんだ。彼はスカーフを拾おうとしているが、うまくいっていないようだった。


「ああくそ……挟まってやがる! こっち来いよ! 間違いなくフィーナのスカーフだから!」


挟まっている。オーランドはひらめいた。祭壇は動かないものだと思い込んでいたが、民の持ち物の布が挟まっているということは、祭壇の下に地下室があって、そこに人々を押し込んだのだろう。ならば、やってみるだけだ。


「十字架が置かれている台座が地下への入り口だ! 右か左に押せば、きっと動く!」


「スカーフの挟まり具合からして、どうやら前に動かすのが正解みてえです、次期領主様!」


男たちはすぐに動いた。祭壇の後ろの狭い空間に力自慢を数人立たせ、号令と同時に押せる状態を作り上げた。


「一で動かすぞ! 三、二、一!」


力自慢が一斉に祭壇を押す。ゴトン、という大きな音を立てて十字架は台座ごと前に滑った。その下には階段が続き、その先には鉄製の扉があった。その扉には、黄色い丸が書かれているように見えた。


「なんだあの扉は? よく分からないが、丸い模様が書いてあるぞ?」


漁師が呟く。オーランドは改めて扉に描かれた文様を見た。

黄色の地に、黒い三つの扇を円く並べたようなマーク――旧世界の、放射線という毒を表すマークだ。彼は扉に手をかけた。


「この先は危険だ、ということを示している。気を引き締めて掛かれ!」


オーランドが扉を開けるや否や、ビーッ、とけたたましい音がした。今までに聞いたこのの無い、生理的な嫌悪感を催す音。それでもオーランドは進んだ。その先には、ハモンの教会の地下にあったような画面があった。

そして、機械群の先には鉄格子があった。その奥に、おびえた様子の民が見えた。雀のように集まり、恐怖に震えている。その中に鴉のように真っ黒な頭髪と肌を持った男を見つけて、オーランドは歩調を速めた。


「そこの縮れ毛の色が黒い人間、あんたが外洋からきた人間か?」


「そ、そうです! あ、あの、僕はハジメ・フォーサイスといいます、アメリカという国から、この国と取引がしたくて、やってきました!」


牢の前に立っている大柄な白人の男は、身なりからして上層階級ではないか。フォーサイスはそう思った。ならば、後ろに立っている少年と老人は彼の付き人だろう。


「俺はオーランド・ガーディンと言う。ノーザンの……この辺りの土地の次期領主だ」


「つ、つまりこの辺のえらい人ですか!?」


「そういう理解でいい」


オーランドはぶっきらぼうに答えた。フォーサイスは矢継ぎ早にまくし立てた。


「ぼ、僕あやしい者じゃないんです、どうか助けてください! いやここの人からすると僕すごく変わった見た目なのは分かりますけど!」


「話には聞いてる。あんたは黒人とか言う人種で、だからそんなに肌が黒いんだな」


オーランドさんはどうやら多少知識があるようだ。フォーサイスの混乱した説明にも理解を示したことで、それが分かった。その上、ありがたいことに、人種差別とは縁がうすそうだ。フォーサイスは背筋を伸ばした。


「せ、正確に言うと黒人と日系人のダブルです……どれくらい外のこと知ってるんですか?」


「旧世界の事は多少わかるが、今の外国の事情はまるで知らん。あんたに聞きたいことが山ほどあるから、助けに来たんだ」


「何でも話します、でもここから出してください!」


オーランドは、ゆっくりと頷いた。


「困りますな」


フォーサイスがそう言った直後、オーランドの背後からパーソンが現れた。彼の後ろには十数人の異端審問官が続く。


「いつから海に流れ着いたものは教会のものになった? ノーザンに着いたものは俺が次期領主として面倒を見る、そこの者たちを渡してもらおうか」


オーランドは彼らを睨みつけた。パーソンは鼻で笑った。


「管理がなっていませんな、ここまで侵入を許すとは」


「今から管理する、だから渡せ」


オーランドはいら立ちを隠さずに言った。パーソンはオーランドの怒りを気にも留めない。


「後始末はつけていただかないと行けませんよ」


「始末も何もない、このフォーサイスとか言う男はこちらでずっと面倒を見る」


オーランドが食ってかかると、パーソンは心底訳が分からない、といった調子で言った。


「あなたに言っているのではありません」


オーランドは不思議に思った。次の瞬間バチィッと言う音が背後でした。全身の筋肉がこわばる感覚。腕を突くことさえ出来ず、オーランドは床に倒れこんだ。


「次期領主さま!? ど、どうしたんですか!? き、気付けを……そうだ薬!」


突然オーランドが倒れ、ニールは彼の言いつけを忘れ、薬入れを開けるほどに動転した。乱雑に振られた薬入れから、白い蛾がニールの手の中に転がり込んだ。しかし、少年はそれに気づく暇もなく、彼の主君と同じ音とともに倒れた。倒れこんだ二人の後ろに、老人が立っているのがフォーサイスの目に映る。


「むろん、後始末はつけさせていただきますよ、パーソン殿」


そう言って、スタンガン片手に老人――デリックは微笑んだ。


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