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希望の翼

麦の大豊作に喜んだのもつかの間、翌年の麦播きで、オーランドは新たな課題に頭を悩ませていた。

無料同然だった値段の骨が、主食の麦と同じぐらいの値段で取引されているのである。

それに比例して、麦の値段まで上がり始めていた。このままでは主食を買えず餓死する              民が出る可能性がある、早急に対応を取られたし、という内容の報告書が、商業地域から矢継ぎ早に届いたのだ。

価格統制を行っても、闇市でさらに高額で骨が取引されるだけ、とオーランドは判断し、そして――いつも通り行動した。


「骨以外に、安価な肥料を知らないか? カーラ」


答えはすぐに返ってくる。


『ええ。前にも言ったけど、今できるのは、人間の糞尿を発酵させて撒いたり、干し魚土に混ぜるくらいよ』


「それなら、肥料用に干し魚を提供させよう」


カーラが横に居ない日々など、オーランドには考えられなくなっていた。カーラがいると思うだけで、毎日のように見ていた悪夢もほとんど見なくなっていた。


『干し魚って……食料じゃないの? 食べられない人、出るんじゃないの?』


「蝋燭が買えない民が使う、オイルランプ用の魚油の搾りかすだ。今は海に捨てているから、安く買い取れる」


『それならよかった』


ほっとしたカーラの声。オーランドはその旨を命令書にしたためた。この決断が漁村を救うことになるなど、今は考えてもいなかった。ただ、カーラが自分と一緒にノーデンの事を考えてくれることが、ただただ温かかった。


次の春、ノーデンを新たな試練が襲った。早馬からの知らせを、ニールが真っ青になって持ってきた。


「ウェステンが糸に関税をかけてきました!」


「関税など多かれ少なかれ、かけるものだろう。もしや、法外な関税なのか?」


「はい。元の値段の千倍の関税だそうです!」


とんでもない関税だ。ノーデンは紡績機を増やし、ウェステンの手紡ぎ糸の十分の一の値段で糸を輸出することに成功していた。


『安いものはよく売れるからなあ。ウェステンはノーデンの糸の方がよく売れるのが面白くないから、恨んで法外な関税をかけたのかな?』


「そうなんだろう、な」


カーラのいう事なら、それが真実なのだろう。しかし、糸を輸出できなければ、ノーデンの蓄えを増やすことはできない。どうしたものか。オーランドは悩んだ。


『せっかく力織機があるんだし、糸じゃなくて布を売るのはどう?』


カーラの声は天啓だった。

それだ。布は糸から作るのだ。自分はどう糸を売るかしか考えていなかった。オーランドは目から鱗だった。そして、心強さを感じた。カーラの発想は柔軟で、頼りになる。きっとこれからも。

オーランドは、カーラの案を実行可能かどうかニールに尋ねた。


「布の関税はどうだ、ニール」


「以前と変わらず、売値の5パーセントのままです!」


「糸を輸出するのはやめだ。力織機で織った布を輸出しよう」


そして、糸の代わりに売った布はノーデンに糸を売っていた時以上の収益をもたらした。ひと波乱あったが、物事はすべていい方法に向かっている。カーラもオーランドも、そう信じた。


カーラの知恵で糸の問題は切り抜けたが、その年の秋、麦を蒔くころにもウェステンと一悶着が起きた。


「ウェステン産の硫酸銅が高騰しています! なんでも、銅鉱山が落盤して、産出量が今までの3分の1になったらしいです」


最初にニールから伝えられた時は、ぴんと来なかった。ニールはデリックに代わってオーランド宛の手紙を整理するようになっていた。オーランドはおうむ返しに聞いた。


「硫酸銅?」


『ボルドー液を作るのに使う青の顔料よ』


カーラの説明ですべてを理解した。ボルドー液が無ければ、麦がまた腐ってしまう。一大事だ。


「ニール! 硫酸銅の価格を全て調べてこい!」


「はい、次期領主様!」


ニールが執務室を駆け出すや否や、オーランドは下男に指示して鉱産資源を書いた地図を持ってこさせた。銅の鉱脈はウェステンとゼントラムの境を走っている。オーランドはゼントラムに硫酸銅が出る鉱山を見つけた時、一筋の希望を見出した。


「ただ今戻りました! ウェステンの硫酸銅は、去年の三十倍にも価格が跳ね上がっています!」


ニールが息を切らして戻ってきた。三十倍。オーランドは動揺したが、できるだけ冷静に口を動かした。


「硫酸銅の出る山は、ゼントラムにもある。そこ産の硫酸銅と、今のウェステンの硫酸銅は、どちらが安いか?」


「ゼントラム産です! 去年と変わりありません!」


「ならば、ゼントラムから買い付けをするよう、商人に命じる」


『やったあ! これで麦は大丈夫よ!』


カーラのはしゃぎっぷりは、オーランドの満足感を代弁するものだった。同じことに対して自分と同じようにカーラが感じている。オーランドにとって、これ以上に嬉しい事は無かった。

――カーラと踊れたら、どんなに良いだろうか。

 油田を開発可能になった時と同じように、オーランドは思った。油田と言えば、灯油と重油の精製に成功したという便りがあったのを彼は思い出した。灯油は魚油の代わりに灯りとして売り、重油は石炭の代わりに蒸気機関の燃料にするのだそうだ。カーラもいい案だと言って賛成してくれた。そんなこともあった、とオーランドは気が重くなるのを感じた。何か彼女に報いることはできただろうか? 一方通行の恵みばかり受け取っていては男がすたる、と思ったわけだはないが、オーランドはカーラに何かしてやりたかった。


 大量の仕事をさばき終え、オーランドはやっと寝床に入れた。自分以外寝室に誰も入れない理由は、悪夢にうなされるさまを見られたくないからではなく、カーラとの密やかな語らいを独占したい、という理由に変わっていた。


「カーラ、今できる範囲で、何かやりたい事は無いか? うまいものは食べさせてやれないが、面白い話や美しい音楽くらいなら、何とか聞かせてやれるぞ」


ベッドの中で思い切って聞いてみると、カーラはしばらく考え込んでいた。


『……いいえ。何も。何もいらないわ。ただ――』


「ただ?」


『――私を離さないで。私の声を聴いて。暗い場所で独りぼっちは、もう、嫌なの』



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