美酒はいずこに?
ニールは宝箱の発注のためしばらく城下町から帰って来ず、デリックも父の看病に忙しい。誰も自分を特別に気にする人間はいなくなった、という事にオーランドは気づいた。
「今のうちに行くか、地下室」
領主以外入ってはならない場所には、心当たりがあった。地下のワイン蔵である。その奥に領主専用のワインセラーがあり、そこには最上の美酒がある、と母親が言っていたのだ。最上の美酒を飲みたいのに、父が持ってきてくれない、と寝物語に聞かされていた。しかし、父親は宴会の時義理で杯を干す程度にしか酒を飲まなかったし、酒は人を堕落させるものだと信じているから、いくら母親がねだっても最上の美酒は飲めなかったようだ。
父親が酒をあまり飲まないため、ワインセラーも見張り番はおらず、オーランドはやすやすとワインセラーに侵入した。燭台で樽や瓶の間を照らしながら進んだが、来客用の酒のラベルが見返してくるばかりで、領主専用のワインセラーなど見当たらなかった。オーランドがあきらめて帰ろうとしたとき、カーラが彼を呼びとめた。
『一番奥の棚を見て。瓶が全部空だったわ。裏が隠し通路になっているんじゃない?』
「本当か?!」
オーランドは件の棚に駆け寄った。角部分にある棚で、右端と背面が岩の壁に着いている。隣や前の棚は未開封の年代物ワインをなみなみとたたえた瓶が数えきれないほど詰まっていたが、オーランドの前のちょうど戸板くらいの棚には、空の瓶が燭台の光を反射しているだけだった。
『壁の方に押してみて。きっと、横にスライドする』
「分かった」
オーランドが力任せに棚を押すと、びっくりするほど簡単に棚は横に滑り、棚の向こう側に、さらなる深みへつながる階段が伸びていた。オーランドが階段へ一歩踏み出すと、階段脇にある燭台が一斉にともった。オーランドは立ち竦んでしまった。
『旧世界の技術の、人感センサーだと思う。怖いものじゃないわ』
「棚は、戻しておこうか」
『それがいいわね。でも、この城に電気が通っていたなんて。発電設備があるのかしら?』
「城についている小教会だろう。今は経費削減の為に物置小屋になっているが、普通の教会と同じ屋根だから、ちゃんと磨かせている」
階段の先には、赤と金を基調にした小部屋があった。お揃いの花柄のソファとダブルベッド。カフェテーブルもさりげなく配置され、居心地のよい空間だ。天井から吊られた瀟洒なガラスのシャンデリアが部屋を照らし、壁には酒のボトルとグラスの描かれた聖書くらいの大きさの絵がある。足元には豪華な草花を織り込んだ絨毯まで敷かれていた。
『まるでお姫様の部屋ね! 素敵!』
「好きなのか、こういうの」
『そりゃあ、普通の女の子は、人生に一度はお姫様みたいな暮らしをしてみたいって思うものよ?』
「そうか」
確かに、今の女もかわいらしいものが好きだな、とカーラのはしゃぎようを見てオーランドは思い出した。旧世界のよく分からないやつだと思っていたが、案外人間は今も旧世界も変わっていないようだ。ほほえましく思いつつ、オーランドはまず【最上の美酒】とやらを探した。しかし、ベッドをひっくり返しても酒は一滴も見つからなかった。カフェテーブルの横に空のワインボトル置きがあるくらいだ。それどころか、本の一冊もなかった。
「紙、紙でいいから〈神の目〉につながる情報があるはずだ!」
『紙なら、絵のキャンパスに画用紙を使ったりするわよ?』
台風が去った後のような状態に部屋を荒らしたオーランドに対し、あきれたようにカーラが言う。それがあった。オーランドの両手と同じぐらいの面積の絵だから、後ろに本や酒を隠すのは無理だと決めてかかっていた。オーランドは絵をまじまじと眺めた。子h作色の蜂蜜酒が入ったガラスのフルートグラスが一本と、ラベルが貼られた蜂蜜酒の瓶が描かれた絵。ラベルには、なにやら文章が記されていた。
Knowledge is by far the best Nectar
「知識は最上の美酒、か。この絵に何かあるのか?」
オーランドが額縁に手をかけると、ガタ、と音を立てて絵は壁から離れた。絵を取り外した後の壁を見ると、絵がかかっていた場所に黒いリボンのようなものと、ランダムにアルファベットが逆台形に並べられているのが見えた。オーランドがアルファベットの一つに触れると、黒リボンに一瞬Loading と表示され、その後 password:founder と書かれた白い文字が浮かび上がった。
『教会の数字盤と一緒で、アルファベットを押したら開錠される仕組みだと思う。でも、創立者? どういうこと?』
「心当たりがある」
オーランドは、Ellyson Gleavesと打ち込んだ。その瞬間、ガタン、と音を立ててオーランドの左隣の壁が引っ込んだ。そして、壁は右側にスライドし、人一人が通れるくらいの隙間があいた。青い光がオーランドを照らした。隠し扉の向こうに、銀色の何かがキラキラと光っていた。
「教会の地下室と同じものか……?」
『行ってみないと分からない。でも、多分安全だと思う』
隠し扉の先には、青い廊下がしばらく続いていた。無言で歩いていると、カーラが話しかけてきた。
『エリソン・グリーブスって、誰?』
「ノーデン領主の初代だ。ガーランド家は、グリーブス家に婿入りしてノーデン領主になったらしい。ガーランド家の子供が、女ばかりだった時期がある、とも聞いている」
『女性は当主になれないの?』
「ああ。ついでに言うなら、結婚したら基本的に実家の姓は引き継げない。だからノーデン領主の名字は変わったんだ。ブリュンヒルドさんみたいなとんでもなく家柄のいい人でもない限り。ブリュンヒルドさんのすごいところは、実家の姓を捨てた上に、自分の母親を通じてゼントラム帝に新たな名字を認めさせたところだ」
『ブリュンヒルドさんは平気なんだ?』
「有能だし、淫乱さをそれほど感じなかった。子供もいるのに」
『確かに、媚びない人だったわね。傲慢さはあるけど』
カーラとの会話に気をとられたせいで、オーランドは足元の段差を避けられなかった。しまった、と思った時には床が目の前にあった。ガツン、という衝撃の後、オーランドの意識は反転した。




