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発展への道

領地を豊かにするために必要なのは、食料の確保だ。具体的に言うなら、麦や野菜を出来る限り作り、家畜を太らせることだ。今年の麦の出来を確認するため、オーランドは穀倉地帯ハロシェテの村に向かっていた。




馬の扱い方をニールに色々とダメ出しするデリックを後ろに、オーランドは馬を駆っていた。七月の出穂状況で、今年の麦の出来が確定する。領主の公務ではないが、オーランドはこの時期になると領地を回っていた。





『ねえ、いつ畑に麦を蒔くの?』





後ろを、やはり馬でついてくるデリックを気にしながら、オーランドはささやいた。





「9月だ。蒔く前から準備がいるのか」





『うん。まず前に作った麦の残渣……麦わらとかが畑の隅に意外と散らばってると思うから、集めて全部燃やして』





「燃やすのか」





『病気の麦をそのままにしとくと、そこから次に蒔く麦に病気が伝染るの』





「そういうものなのか」





『それから硫酸銅と生石灰を調達してほしいの、銅のそばによくある青い鉱石と、石灰石を焼いて粉にしたもの』





「調達は出来るが、そんなものどうやって使うんだ」





『それを同じ重さずつ水に溶かして混ぜて、ボルドー液を作って、蒔く用の麦を浸けて消毒するの』





「それで麦の芽が腐るのを防げるのか?」





『たぶんね』





「たぶんじゃ困る」





『科学者のタマゴとして、絶対っていう言葉はよっぽどのことじゃないと使えません。あ、溶かして混ぜるときも細かい調整が必要だから、あれこれ口出すからね』





馬上のデリックが、不思議そうにオーランドを見た。





「オーランド様、いかがなさいましたか」





オーランドはあわてて胸元の白い蛾を服の中にしまった。





「何でもない。デリック、疲れている所悪いが、あとで色々調達してほしいものがある、頼むぞ」







カーラがふと感想を漏らした。





『畑の形がきちんとしてるね、機械入れて大規模農業やってたときの名残かな』





「機械とはよく知らんが、麦を植えるための大きな畑を共有する形で村ができてる。個々の家の畑はあるが共有の畑は村民全員で管理している形だ」





『ふうん』





オーランドは今年の麦の出来が気になっていた。村長の家近くで馬を下り、近くで麦を観察する。やはり芽出しの時にダメになったらしいものが目立つ。その上、秋小麦も春小麦も奇病が流行っている。




早春から麦の茎葉が黄ばみ、黄緑色の細長い斑点が葉脈に平行して葉に多く現れ、次第に拡大し、融合するのだ。また、新葉はやや細めで内側に巻き、ライムグリーンの斑が生じており、次の葉が出る頃にモザイクのようになってしまう。そうなった株は、葉の出が減り、草丈が低くなっている。下葉も黄色になり、葉先から淡褐色になり、次第に枯れている。軽症のものは気温の上昇につれて回復するが、生育不良で草丈が低い。




小さいうちに枯れてしまう株も多い。ビール用の小麦畑は、この病気で全滅してしまったとオーランドは聞いていた。




オーランドは近くの穂を手に取ってみた。予想通り、穂の数が少ない。麦一粒一粒の大きさもとても小さい。重さから考えるに、空の籾も多い。オーランドが穂を手放すと、元気よくしなってもとの位置に戻っていった。





『小麦萎縮病、かなあ。あと三年はこの畑で小麦は育てられないや』





「麦がだめなのか。困ったな」





『あ、大麦は大丈夫なはず。大麦にも同じような病気はあるけど、病原体が違うの。3年で病原菌はいなくなるから、三年ごとに大麦と小麦の畑を切り替えたらいいと思う』





「分かった。そう指示しよう」





村のホールに着くと、村長が慌てて出てきた。





「次期領主様、ようこそおいでくださいました」





「いきなりで悪いな、畑の様子を聞かせてくれ。ここに来るまでに見てきたが、やはり麦の出来が悪いな」





「ええ、秋作と同じで。撒き直した分はまだ芽が出ておらず」





「小麦と大麦を三年ごとに畑を切り替えて使うといいらしい。来作から、そうするように」





「承知いたしました」





それから村長とほかの野菜の生育状況や、家畜の数の変化などについて話し合っているうちに日が傾いてきた。夕暮れになり、オーランドは





『ねえ、ここに来るまでに麦も何も植わってない畑が結構あったけどなんで? 休耕地?』





オーランドはイエスの意味で胸元の蛾を一回つついた。一度麦を植えた畑は休ませないと作物が育たなくなるのだ。





『それにしては多すぎ……え、まさか三圃制? 秋蒔き麦と春蒔き麦と休む畑ローテーション?』





オーランドはまた蛾を一回つついた。するとカーラは騒ぎ出した。





『ええええええ、ノーフォーク農法は!? 農業革命は!? どこいっちゃったの!?』





「こっちの分かる単語で話せ!」





カーラの説明によると、ノーフォーク農法とは大麦→クローバー→小麦→カブかじゃがいもの順で畑に植えていき、休耕地を作らないというものだった。





『麦の収穫はちょっと減るけど、その分家畜の飼料が増えて一年中育てられるし、、何より遊ばせておく畑が無くなるのよ』





「麦が減るのはな……しかし家畜が増やせるなら冬の蓄えが増え……あっ」





『どうしたの?』





「……麦よりは肉のほうが価値が高いな、もし貿易が出来るとしたら」





『そうね。でも野菜とか果物とか、生鮮食品も大事だと思うな。ここを補給港にするとしたら、長旅でくる可能性が高いんじゃないかなあ。そしたら、足の早いものは食べつくしちゃってると思うし』





「なるほどな」





『あー、食べ物の話してたらチョコ食べたくなってきたなあ。カレー屋さんでバイトしてたときね、お店の終わりとあがりが同じ時は店長がコーヒーと一口チョコサービスしてくれて、それがすっごく楽しみだったの』





「無い物ねだりをするな」





『貿易がうまく行けばいくらでも手に入るし、うまく行けば育てられるもん』





「希望的観測を言うな」





『……ま、あっても、今じゃもうダメなんだけどね』





「え? ……あっ」





なんのことかわからなかったオーランドだったが、一瞬後に気づいた。今のカーラは身体がない。身体がないカーラは何か食べることが出来ない。





何も味わえない。大好きなものを目の前にしても。





悪かった、と言おうか言うまいか迷っていた時





『とにかく、せめてノーフォーク農業は実践してみてよ。クローバー蒔くだけでも。絶対損はさせないから』





「あ、ああ……わかった」





その時は、それで終わってしまった。





後々、オーランドはこの時詫びなかったことを悔やむことになる。






*******************************************************************************





その晩、オーランドはルーシの屋敷に泊まった。ルーシ夫妻の歓待を受け、長い宴会も終わってオーランドは寝床に向かった。目がさえてなかなか眠れなかった。





『大丈夫? 何か眠くなる話でもしようか?』





「なにか……考えなくてもいい話をしてくれ。旧世界の便利なものとか」





『何があったかしらね……』





そして、カーラはオーランドの未来を変える話を始めた。







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