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「外」の可能性

老年に差し掛かった男の声と、せいぜい中年かそこらの男の声。





「オステンに流れ着いた異人の処理は?」





「教会がすぐ接触して、異端として始末しました、あそこの領主は音楽と猫にしか興味がありませんからな」





月も見えない深夜。その会話は、話している二人以外の誰にも聞かれるはずはなかった。この国の殆どの人間は、この会話を伝えている電波を、音声に変える方法を知らないのだから。





「ノーデンと違うのは羨ましいですな、あの次期領主は、何かあればどこへでも駆けつけますから」





「しかしですね、『外』には、この国の『絹の娘』を狙っている国があるようで」





「なぜです? 人の不死の探求のためなら、『外』にいる『不死の娘』のほうが遥かに……」





「『外』では、絹の虫が全滅したそうです。異人を始末する前に聞きだした所によると。悪い病気が流行ったとかで」





「……『絹の娘』を欲しがるわけですな」





沈黙が降りた。ややあって、中年の男の声がした。





「早く『絹の娘』を見つけてください。『死体』から、やっと取り出せたと言うのに、火事に巻き込まれて行方不明とは」





「『死体』は、相変わらずそのままですか?」





「そのままです。いえ、硬直が解けたと言う意味では、この数百年なかったことですが」





「引き続き見ていて下さい。ある意味では『不死』の一部を分け与えられた唯一の存在ですからな」





「ノーデンの次期領主についてはどうなさいます? 教会の地下の遺物に触れたかもしれないのですよ、彼は」





「中央から人を接触させましょう。あの次期領主は愚鈍ではありません、送る人間次第で十分牽制になるでしょうな」





「承知しました。手配します」





そうして、深夜の密やかな会話は終了した。







その日、オーランドはデリックとニールを連れてティルス島の港から出した船の上にいた。





デリックがニールを捕まえてくどくどと言っていた。





「良いか、オーランド様の側仕えと言うのはどこへでもお供するということだぞ、例えこのような粗末な船であっても」





「は、はい……」





オーランドはため息をついた。





「愚痴るか教育するかどっちかにしろ、デリック」





オーランドがニールを引き取ってから三日、デリックは本気でニールを自分の後釜にする気らしく、老骨に鞭打ってオーランドの身辺についてニールに叩き込んでいる。





おそらく海に落ちたであろう爆撃機を調べるために、早く船を出したかったが、天候が合わず六月にずれ込んでしまった。





水音がして、素潜りをしていた漁師が船に上がってきた。オーランドは彼に声をかけた。





「見つかったか?」





「ありました、大きな鉄くずがいくつも。旧世界の遺物は潜ればよく見ますけど、藻も貝も、何も付いてないのは珍しいですね」





「旧世界じゃないかもしれんからな」





「は?」





漁師は目をぱちくりした。





「いや、なんでもない。引き上げられそうか?」





「いえ……相当大きいです、この船の大きさだと、引き上げるのは無理だと思います」





「とりあえず、どんなものが沈んでいたか教えろ」





カーラが囁いた。





『目立つシンボルとか、文字みたいなのがあったら教えて』





オーランドは漁師に聞いた。





「何か目立つものが書いてなかったか?」





「一番大きい破片に、オレンジ色に黒で鳥か何かの絵が書いてあるのを見つけました。鳥が十字の上にとまっていました」





「なるほど。上手くなくていいからその絵を描いておけ、後でこちらに届けさせろ」







船が港に泊まると、向こうから駆けてくる少年が見えた。オーランドが見覚えのあるつり目の少年だった。ニールが驚きの声を上げた。





「ハーヴィー! なんでこんな所に!? 聖歌隊は!?」





「中央から来た異端審問官様の付き人になったんだ! いいか、変なもの見つけても絶対触るなよ、触ったら最悪……」





その時、ハーヴィーの肩を大きな手ががっしり掴んだ。天を衝くような、並の男より大きいオーランドと比べてもさらに上背がある大男が彼の後ろに立っていた。





広い肩の上に乗った峻厳な顔が言った





「あまり関心できる行いではありませんな、ノーデン次期領主殿」





その頭に乗せた帽子は、中央教会の異端審問官であることを表していた。





「ゼントラムから参りました、ゴドフリー・パーソンと申します。オステンで異教審問がありましてな」





厳かな声は、オーランドやニール、ハーヴィーの頭を押し潰すようにしてこう続けた。





「旧世界の民は海を汚し、土を汚し、空を汚しました。当時を蘇らせようと考えたならば……その人間の魂は、死後地獄へと落ち、永遠の責め苦を受けることでしょう。遺物は、全て静かに眠らせておくべきです」





この国の人間は、全て父なる神を信仰している。この国で、教会から異端と見做されることは、人として扱われなくなるも同義だ。そのことを思って流石にオーランドは脂汗が滲んだ。





旧世界のことで、何で異端審問官が? 教会の地下にあれだけ旧世界の遺物があるということを知らないのか。いや、そのことを隠したいのか? しかし、隠したとしてもまたあんな爆撃機が来たらどうすると言うのだ?


オーランドは、考えがまとまらないながらも、なんとか理屈をこねた。





「こちらが探しているのは旧世界の遺物ではない。海の方から飛んできて教会を焼いた大きな鳥だ、この海で何か落ちたというのでその鳥の手がかりがあればと思ってな」





パーソンはぎろりとオーランドをねめつけた。





「教会のことは教会で行います。その鳥についてはこちらで調べます」





「あの鳥が焼いたのがたまたま教会だっただけで、町を焼いていた可能性も十分ある。この土地を守るのはノーデン次期領主としての務めだ」





「……とにかく、何か見つかってもこちらが引き取ります。次期領主様のお手をわずらわせることはありません」





そう言って、パーソンは踵を返した。その後ろを、ハーヴィーがニールの方を振り返り振り返りついて行った。





カーラが呟いた。





『旧世界をよみがえらそうとすると地獄行きってことになってるの? そうだったら一回、違ったら二回つついてくれない?』





オーランドは、胸元の白い蛾を一回だけつついた。





『そう……。安心して、私、旧世界時代の人間で、多分一度死んだけど、地獄にも天国にも行った覚えはないわ』








オーランドは、鉄くずにあった絵の写し書きが届くとすぐ自室にこもり、人払いをした。早速カーラに話しかける。





「何か心当たりはあるか?」





『うーん、十字に鳥……嘴と尾羽の形だとやっぱり鷲か鷹かなあ、十字に鷹のシンボルって言ったらドイツ系……いやナチスはいなくなったし……白頭鷲だったらアメリカなのか……ロシアも双頭の鷲の紋章だし……』





「ドイツ?」





『ヨーロッパの大きな国のひとつね、技術力が高いのとビールとコーヒーで有名』





「コーヒー?」





カーラの絶望的な声がした。





『え、まさかコーヒーすらも無くなってるの……?』





「食べ物なのか?」





『飲み物。さくらんぼに似た木の実の種を、炒って挽いてお湯で濾したもの。すごく香ばしくていい香りがしておいしいのよ』





「よくわからん、そんなに飲まれてたのか」





『紅茶と並び立つもん! チョコレートとの組み合わせは紅茶とスコーンに匹敵するもん!』





オーランドにとって、また分からない単語が出てきた。





「チョコレート?」





『えっ』





「?」





『そっか、コーヒーがないってことはカカオもないよね……ってことはスパイスも……カレーも……うわー』





カーラにとっては相当な一大事のようだったが、オーランドにはいまいちよくわからなかった。





「カカオ? チョコレート? カレー? わかるように説明しろ」





『えーと、チョコレートはカカオって植物の種を発酵させてよーく挽いて砂糖と混ぜて固めた甘いお菓子。カレーはいろーんなスパイスを混ぜて作ったルーで野菜とお肉を煮込んだり炒めたりしたお料理。ちょっと辛いけどすごくおいしいの』





「……想像がつかん」





そのように無駄話もしたが、とりあえず、この世界には新グレートブリテン王国以外の国もあること、その外国との交流がないのは特異な状態だということは、オーランドになんとなく理解できた。





そして、外国はもっと進んだ技術を持っていることは、身をもって理解していた。





『今のこの国の感じだと、日本の鎖国時代よりもっとひどいかもね。外国の存在自体が認知されてないってちょっと異常よ』





鎖国と言う状態のことは以前にカーラから聞かされていた。外国との交流を阻止するふうでいて、実際は一部地域でだけ許されていたと言う状態のこと。





そして、その裏で進行していた植民地支配。戦力に劣るが人や資源に恵まれた土地が列強に狙われ、搾取されていた時代。





「この国が、一方的に蹂躙されるのだけは避けたい」





『攻撃すると攻撃されるって、相手に伝わればいいんだけどね』





「この間の、爆撃機を撃ち落とした件で攻め込むのは無理があると思ってくれればいいんだが……もう使えない手だしな」





城下の教会は、現在、中央から人が来てアリの子一匹入れないくらい厳重に監視されていた。それに、異端審問官がでてきたということは旧世界に染まった異端を探しているということだし、異端審問にかけられたら次期領主もへったくれも無くなる。





オーランドは質問を変えてみた。





「その時代、植民地支配を免れた国はなかったのか?」





『その時代に限ってなら二つあるかな。一つは日本。理由は補給のための港として使えてかつ双方ともに得な貿易ができたから、かなあ。支配するより貿易するほうがお得だと思ってもらえるかもね』





「ふーむ……貿易か。何で取引したんだ」





『うーん、どんな資源があるかどうかでけっこう変わってくるのよね』





「例えばなんだ?」





『石油に石炭にガスに鉄にボーキサイトに……。特に石油がいいかなあ、船の燃料を補給できることになるわけだし。日本は、とにかく資源がなかったから大変だったのよねえ』





「いや待て、確かに石炭と鉄は取れるが、石油……燃える水だったか? は知らんぞ。あとボーキサイトとは何だ」





『あーそっかー! 採掘技術がないかー! ボーキサイトも電気がないとアルミニウムに精錬出来ないし……』





どうやら、あまり期待しないほうがいいようだった。





カーラが残念そうに呟いた。





『……蚕が一組いればなあ、あなたが知らないってことは、この国には持ち込まれてないよね……』





「カイコ?」絹を作る虫、とカーラが以前言っていたことをオーランドは思い出した。未だに信じられないが。





『……資源のない、技術もなかった頃の日本でねえ、輸出できた数少ないものが絹だったの。カイコを飼うのも、繭から糸を紡ぐのも大変な労働だけど、力がいる作業かっていうとそうでもないから、子供でも女の人でも出来たのよ。日本を豊かにしたものの一つ』





「虫から絹を作るというのが未だに信じられんが……虫ならそのへんで捕まえてくることは出来ないのか?」





『無理。野生じゃいないもん。人間が世話しないと生きていけない虫なのよ。家畜昆虫だもん』





「家畜?」





『真っ白いからすぐ鳥に食べられちゃうし、捕まる力が弱くて枝から落ちるし、敵を攻撃するために噛むってことをしないから生きたままアリに食べられるし、成虫になっても飛べないし』





「そんなひ弱な虫がちゃんと育つのか?」





『人間が飼うにはすごく都合がいいの。狭いところで大量に飼ってもケンカしないし、お腹空いても餌探しに逃げないし』





「大人しいのか」





『野生の虫からおとなしくてたくさん絹を吐くのを選抜し続けてカイコが生まれたのよ、人類の英知の結晶』





「何でお前が自慢げなんだ」





『そんなカイコが忘れ去られてるなんて私はとても悲しい』





「まあ、少なくとも旧世界時代では神が授けてくれるものじゃなかったことはわかった」





カーラが不思議そうに聞いた。





『何で神様の授け者ってことになっちゃったの?』





「ヴァレリヤンの聖伝を知らないか? 不死の娘たちと、不死の娘の一人を食い殺した女の話だ」





『何それ』





こいつが知らないということは、こいつが生きていた時代よりあとに起きたことだったのだろうか。オーランドは、聖書の次に流布している聖伝を話し始めた。





「氷河期より前に、神が敬虔な娘達を選んで奇跡を起こしたんだ。その娘達は、決して老いることなく、どんな怪我や病気をしても死ぬことがなかった。人々は驚き、畏れ、彼女たちを敬った」





『へえー』





「彼女たちの一人が絹糸を授かった。それを織り上げたのが、今教会の保存している絹の布だそうだ」





『絹の人はなんで食べられちゃったの?』





「老いないその娘の一人に嫉妬した女がいたんだ。絹を授かった不死の娘を見出した男の、恋人だったらしい」





『ふむふむ』





「その女は、絹を授かった娘を亡き者にしようとしたんだ。だが相手は不死の娘だ、怪我でも病気でも神の奇跡でたちどころに治ってしまう」





『それで?』





「その女は『食べて己の血肉にすれば、生き返ることはない』と思ったらしい。そして、実際にやった」





『……そう……どうなったの、その人』





「罰を受けた。その死体は永遠に腐ることなく、その魂は天国にも地獄にも行くことなく、今も彷徨っている事になっている」





『ふうん……』





「ということで、人間は絹を作る方法をなくして今に至ると、そういうわけだ」





『……教えてくれてありがと』





「絹以外に何かないか、植民地にならずに済む方法は」





『うーん、豊かで統率の取れた国になることが一番かなあ、他にも植民地にならなかった国にタイがあるんだけど、当時の王様が出来た人で、豊かな国だったのが大きいんだって』





「豊かに、か……」





領地を豊かにすること。それは領主としてはいつも念頭に置いていることだ。自分がこの領地をちゃんと管理できているかどうかが重要になる。





「いつも通りのことをより励むしかないが……それ以上に何かできることがあればな」





『私に出来ることなら協力するから』





それが何よりも心強い言葉だったとオーランドが思い知るのは、もう少し先のことになる。









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