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九 将軍は負けられないらしい

「おい、リーク! マイカが来てるよ」


 スデリファン副将軍は将軍の部屋に着くなり大きな声で呼びかけて扉をあけた。ガングニールズ将軍は今日は黒色の軍服をきっちりと着こみ、執務机に向かって座っている。

 そして、スデリファン副将軍の後ろに舞花が立っているのを認識するや否や、その眉間には深い皺が寄った。


「マイカが? なんの用だ?」

「回復薬を納品に来ました。今日は百本です」


 舞花が両手で抱えるその箱を差し出すと、ガングニールズ将軍は箱を受け取るためにさっと立ち上がった。近くで見ると、むちゃくちゃ大きな人だなと舞花は改めて圧倒された。

 日本では一度も出会ったことが無いような恵まれた体格をしていて、BSテレビの深夜放送で時々見ていた本場NFLのアメフト選手を実際に見たらこんな感じなのかもしれないと思った。そして、ガングニールズ将軍はまるで軽い空き箱でも持つかのように軽々と片手で回復薬入りの箱を受け取った。


「ご苦労だった」


 労いの言葉を掛けられて、舞花はガングニールズ将軍の方をちらっと窺い見る。ガングニールズ将軍の顔の下半分は相変わらず無精髭で覆われていて表情を読むことは難しい。だが、今一瞬だけ口元が緩んで微笑んだように見えた。


 舞花はあの恋の弓矢が刺さっちゃいました事件の後、何回かこのガングニールズ将軍と顔を合わせる機会があった。

 顔の右側の眉毛の少し上から頬にかけて古い傷痕がある。そしていつも無精髭は伸びっぱなし、眉間も縦の皺が入りっぱなし。茶色い瞳の目つきは鋭く、眉は意思の強そうな眉尻上がりの一直線。恐ろしい顔をしているという印象は変わらない。

 ただ、舞花が見る限りではガングニールズ将軍という人は他人を理不尽に怒ったりすることは無く、労いの言葉もきちんとかけてくる。実はそこまで怖い人でも無いのかも知れないと、舞花は最初の先入観を少しだけ改め始めていた。しかし、彼には決してぶれない所もある。


「リーク。マイカがせっかく来たんだからお茶でもしたらどうだ?」


 スデリファン副将軍がからかい半分に冷やかしを入れた途端、ガングニールズ将軍の表情は初めて会った日のように険しいものへと変わった。


「仕事中だ。用が済んだなら職場に戻るんだ」


 舞花に対して低い声で静かに退室を促す。決して命令しているわけでは無いのに従わざるを得ない凄みがある。そう、ガングニールズ将軍は仕事上では舞花と普通に接するのに、一歩懐に入り込もうともすれば明確に拒絶して線引きをしてくるのだ。

 スデリファン副将軍は肩を竦めて見せると、舞花に「行こうか」と促した。


「マイカ。ごめんね、あいつ堅くってさー」


 廊下に出るとスデリファン副将軍は自分が悪いわけでも無いのに舞花に謝罪してきたので、舞花は首を振った。


「いえ。私は別に」

「俺さ、マイカには頑張って欲しいわけよ。リークは仕事ばかりしてプライベートがからきしだからね」


 舞花は、小さく苦笑した。舞花がガングニールズ将軍に片想いしているという噂話は否定すればするほど信憑性をもってまことしやかに語られる。なので、かなり早い段階で舞花は諦めて『人の噂も75日』だと否定も肯定もしなくなった。スデリファン副将軍はまだその噂話を信じているようだ。


 あの矢はアナスタシアからは『恋に効く弓矢』と聞いていた。しかし、今のところ舞花とガングニールズ将軍の間に特に恋心は芽生えていない。きっと、アナスタシアも初めて作る道具で失敗してしまったのだろう。


「スデリファン副将軍はガングニールズ将軍と仲良しなんですね」

「俺の呼び方はフィンでいいよ。リークとは付き合いが長いんだ。北方軍に入隊したときからだからかれこれ20年近い付き合いだ。あいつ、多分マイカのこと気に入ってるよ」

「そうでしょうか?」


 舞花は首を傾げた。自分としては全く気に入られているようには感じられない。


「そうだよ。だってリークの奴この前さ……」とスデリファン副将軍はついこの間あったというガングニールズ将軍とのやり取りを話し始めた。



  ◇◇◇



 その日、スデリファン副将軍は訓練終わりにガングニールズ将軍と繁華街の行きつけの飲み屋で酒を飲んでいた。

 発泡酒の乾杯から始まり、醸造酒をお互いに何杯か飲み、最終的に二人の前にはアルコール分40%ほどの琥珀色の蒸留酒が置かれている。この二人は体格のよい軍人なことものあり、とてもお酒に強い。かなりの量を飲酒した筈だが二人とも見た目は少しも変わっていないかった。


「リーク。おまえもうすぐ四十歳だろ? そろそろ身を固めて家庭を持ったらどうだ? 子供も欲しいだろ?」


「おい。四十歳まではまだあと二年もある。それに、俺は軍人だから何かあったら妻と子が路頭に迷う」

「それを言ったら俺も軍人だけど結婚したぞ。お前の部下たちもだ。それに、戦争は十年も前に終わってる」


 スデリファン副将軍が見つめると、ガングニールズ将軍は居心地が悪そうに視線を逸らした。

 ガングニールズ将軍は昔から『妻と子が路頭に迷う』と言って頑なに恋愛も結婚もしようとしない。スデリファン副将軍にはなんとなくその理由に心当たりがあるが、本人の心の傷になっていそうなのでその事には触れなかった。


「マイカはいい子そうじゃないか。なんでも異界からアナスタシアが連れて来たらしいぞ。それに、部下たちの面前でアナスタシアに特別に作って貰った『恋に効く弓矢』でお前を射って想いを伝えてきたんだ。そんな子、きっと二度と現れない」


 スデリファン副将軍はあの日のことを思い出してくくっと笑った。


 あの日、黒髪の若い女が何故か関係者以外は入れないはずの北方軍の軍事演習場に気配も感じさせずに入り込み、常にガングニールズ将軍が纏っている防御結界を簡単に突破しておもちゃの矢を命中させたのだ。ガングニールズ将軍に矢が当たることなど十年前の戦争以来だろう。あの時の驚きと言ったら筆舌に尽くしがたいものだった。

 そして、彼女の持っていたおもちゃの弓矢がアナスタシア特製の道具だと聞いて合点がいった。確かに北方軍の警備をくぐり抜けて軍施設奥深くに入り込みガングニールズ将軍の防御壁を突破するなど国一番の魔女であるアナスタシアの力を借りない限りは無理だ。アナスタシアの魔法の技術力は国一番どころか世界一だと誰もが認めている。


「そんなことはわかってる」


 ガングニールズ将軍は小さく息を吐いた。


「フィン。もしあれが敵軍の奇襲だったらと思うと恐ろしいとは思わないか? やすやすと軍の中枢部まで入り込まれた挙句に妙な弓矢で射られたんだ。今のところ表立った症状は出ていないが、これで俺がマイカの気持ちに応えたらどうなる? 俺は敵の女スパイの色仕掛けに易々と引っかかる情けない将軍ということになる」

「でも、マイカは敵のスパイではないよ」

「そういう問題ではない。とにかく、俺はアナスタシアの魔術ごときに負けるわけにはいかないんだ」


 ガングニールズ将軍はそう言い放つと、目の前の蒸留酒を一気にあおった。



  ◇◇◇



「──ということがあったんだ」とスデリファン副将軍は興奮気味に語った。目をキラキラとさせて嬉しそうに舞花を覗き込んでいる。


「えーっと、その話のどこからガングニールズ将軍が私を気に入っているという話になるのかさっぱりわかりません」と舞花は首をかしげた。


 舞花は今の話を反芻したが、どこにもガングニールズ将軍が舞花を気に入っているという話はなかった。わかったことと言えば、ガングニールズ将軍までもが舞花が自身に想いを寄せていると勘違いしていることと、将軍とは負けられない職業らしいということだけだ。


「リークは『アナスタシアの魔術ごときに負けるわけにはいかない』って言ったんだ。ってことは、裏を返せばアナスタシアの魔術抜きだったらマイカの気持ちに応えてもいいってことだ」


「うーん、そうなのかなぁ??」

「絶対そうだ」


 正直言って舞花には何とも言い難い。目の前できっぱりと断言するスデリファン副将軍に対し、舞花は同意も否定も出来ずに曖昧に笑ってやり過ごしたのだった。


 

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