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四 偶然にしては当たりすぎている

 その日も会社で仕事をしていた舞花はお昼休みにロッカーに入れておいたスマートフォンを確認した。舞花の職場では個人情報やお金を扱うため、私用の携帯電話の持ち込みは禁止されており必要最低限の荷物のみを透明の手提げ袋に全て入れるということになっているのだ。

 画面を確認すると惟子からLiWeが来ていたので、その内容を確認して舞花は驚いた。


『再来週に北海道出張が入ったよ。いよいよ私も運命の恋が来ちゃうー! 勝負下着選び付き合ってね♡』


 即座に占い師のお姉さんの言葉が舞花の脳裏に蘇った。たしか、惟子に北の方向に仕事で出かける用事ができると言っていた。そこの宿で……


 そこまで考えて、舞花は慌てて首を振った。


 自分の今いる場所から考えたら四分の一の確率で北の方向だ。こんなのは偶然に決まっている。それに、『新・世界十大資産アロケーション』なんて名前の商品は今のところ舞花が扱っている金融商品の中にはない。


 ──そうよ、これは偶然だわ。


『おっけー! 任せとけ! 瞬殺のスケスケのやつね♪』


 舞花は手早く返信を打ち込み送信ボタンを押すと、スマホをロッカーにしまった。ちょうどそのタイミングでガチャリとドアがいて、同期入社の子がロッカールームに入ってきた。


「今から昼?」

「うん、そう。舞花は?」

「私も」

「じゃあ一緒に行こうよ。ちょっと待ってて」


 たまたま会った同期と一緒にお昼をとろうということになり、お喋りに盛り上がっているうちに舞花はすっかりスマホの内容など忘れていた。


 その日、舞花の所属チームは週に一度のチームミーティングをすることになっていた。お客様窓口が閉まった後、八名のチームメンバーが集まって会議室の一室に席に腰を下ろす。全員が揃ったのを確認してからチームリーダーが配布資料を配りだしたので、舞花は立ち上がってその配布を手伝った。


「来週からうちで新しい金融商品を扱うことになった」とチームリーダーはメンバーを見渡した。「Aファンドの売り出す商品で、世界中のこれから伸びてきそうな資産十分野から買い付けを行うものだ。商品名は『新・世界十大資産アロケーション』で……」


「え!?」


 チームリーダーの説明を遮って舞花は思わず資料から顔を上げて大きな声をあげてしまった。嘘でしょ? としか言いようがない。


「日下、どうかしたか?」


 チームリーダーに怪訝な顔で聞き返されて、舞花はハッとした。チームメンバーも怪訝な顔で舞花を見つめている。


「いえ、何でもありません」


 舞花は慌てて自分の胸の前で手をひらひらとして誤魔化した。けれど、内心は混乱しきっていた。


『近日中に商品の売買をするときに、桁を間違えるわ。買おうとしたのは『新・世界十大資産アロケーション』というものよ』


 占い師のお姉さんの言葉が再び舞花の脳裏に蘇る。惟子はお姉さんの予言通り、北海道出張が入った。そして、舞花はこれまで扱っていなかった新商品を扱うことになった。しかも、商品名まで同じ。


 ──こんなことってあるの??


 すっかり動揺してしまった舞花は、そのあとのチームリーダーの説明が殆ど頭に入ってこなかった。


 勤務終了後、舞花はまっすぐにあの日の場所に向かった。偶然にしては当たりすぎていて、薄気味の悪さすら感じていた。


「ふふっ。そろそろ来ると思っていたわ」


 あの日のあの場所には同じように灰色の簡易パーティションの占いコーナーがあった。急いできて息を切らす舞花に対し、占い師のお姉さんはまるで舞花が今日来るのを知っていたのかのように落ち着き払った態度だ。そして、舞花の顔を見て満足げに口の端を持ち上げた。


「どういうことなの? 惟子は北海道に出張だって言うし、私は今まで扱っていなかった商品を扱うことになったし」

「言ったでしょう? 私はこれからのだいたいの将来と近い未来のことを言い当てるって」

「でも、こんなことって……」


 だいたいの将来と近い未来を言い当てる? そんな非科学的なことがあるわけがないと、舞花は継ぐ言葉が出て来なかった。

 ただの占いにそんなことが出来るのだろうか? しかし、偶然にしては当たりすぎている。


「このままいくと、あなたは来週仕事で失敗する。可哀想に、そのあとはろくな人生じゃないわ」


 お姉さんは気の毒そうに眉をひそめると、両手のひらを天に向けて肩を竦めて見せた。


「でも、私の忠告通りにあなたはまたここに来た。だから、運命を変える手助けをしてあげる」

「手助け?」


 と舞花は訝しげに眉をひそめた。


「そうよ。私の世界に一緒にいらっしゃい」


 血のように真っ赤な唇が綺麗な三日月型に変わる。その漆黒の瞳はまっすぐに舞花を捉えていた。


 舞花は戸惑いが隠せなかった。


 『私の世界』とはそもそも何なのか? この人は舞花に占い師の世界に飛び込んで来なさいと言っているのだろうか? 路上の占いで独り暮らしの舞花が食べていけるほど稼げるのだろうか?


「悪いようにはしないわ。あなたは私の世界で仕事をし、恋をし、幸せに暮らす。今まで体験したことの無いような刺激的な人生が待ってると保証するわよ」


 仕事をし、恋をし、幸せに暮らす。今まで体験したことの無いような刺激的な人生。それは舞花にはとても魅力的な提案に思えた。でも……

 舞花の迷いを見て取ったのか、占い師のお姉さんはスッと目を細めた。


「来ないならこの話は無しよ。ま、私はあなたが仕事で失敗しようが碌でもない人生を歩もうが関係ないわ」


「ま、待って!」


 舞花は『この話は無し』と言われて思わずお姉さんに待ったをかけたが、頭はフル回転状態だ。


 これはアレに似ている。『今ならなんと三十パーセントオフ! だけど残りあと一個だよ! 取り置きは無しね』的な商売だ。もしくは引っ越し屋の見積もりによくある、『今決めて頂けたらこの額にします。でも、明日になったらこの額には致しかねますよ』的なやつだ。


 どうするべきか。このまま仕事で失敗して悲惨な毎日を送るか、若干悪徳商法っぽいこの人について行ってみるか。


 ──どうせ酷い人生なら『刺激的な人生』の方が楽しいかも。


 舞花はそんな軽い気持ちで頷いた。あなたの世界に行きます。お願いしますと。


「ふふっ、そう言ってくれると思ってたわ。言質(げんち)はとったわよ」


 お姉さんは満足げに頷き、舞花の手を掴んだ。と、つぎの瞬間には周囲がぐにゃりと歪んだ。


 こうして舞花は齢三十歳にして人生初の異世界へと誘われたのだった。


 ≪教訓≫契約前に契約内容をよく確認しましょう


 毎度毎度、お客さまに口うるさい程に契約内容はご理解頂けましたか?と聞いている舞花がまさかの契約内容ノーチェックでサインしたことに気づき頭を抱えたのはこの直後のことだった。








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