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二十五 拗らせ、ここに極まる

 ──これってやっぱり私が届けなきゃいけないのかな??


 その日、朝出所してきた舞花は自分の執務机に置かれたものを見て項垂れた。机の上には回復薬の瓶の箱詰めが置いてある。明らかに北方軍に届けてこいと言うことなのだが、少し前にあんなことがあったのだからガングニールズ将軍に顔を会わせ辛いのだ。


 ──行きたくないけど……行くか。


 顔を会わせ辛いからと言っても先送りしては益々会いづらくなる。舞花は重い腰を持ち上げて立ち上がった。


 それに、先日元の世界に行ったときにお土産のマシュマロも買ってきた。

 輸入品が多く揃うスーパーで見つけた一粒が大きなサイズのマシュマロと、コンビニで見つけた果汁が混ぜ込んであるマシュマロだ。買うか迷ったが、一応約束したし、と思い直して購入した。

 舞花は鞄に入れっぱなしになっていたその二つの袋を回復薬の箱の上に乗せると、よいしょとそれを持ち上げようと手を掛けた。


 腕に付いた魔法の腕輪が瓶と当たってカランと鳴る。


 舞花はいったん持ち上げるのをやめて箱から手を離すと、腕に付けている腕輪を見た。


「なんか最近緩んだかな?」


 腕に光るのはアナスタシアに貰って嵌めた、ガングニールズ将軍のところに障害無くいける魔法の腕輪。嵌めた当初はまるで測ったかのように舞花の腕にぴったりとフィットしていたが、いまは少し隙間が開いている。それでもまだ抜けるほどではない。


「よし、行くか!」


 舞花はしばらく腕輪を弄っていたが、今度こそ回復薬の箱を持ち上げると北方軍へと向かったのだった。


 ♢♢♢


「こんにちは、マイカ」

「あ、エルクさん。こんにちは」


 北方軍の施設に向かうと、舞花は廊下を歩いているエルクに出会った。エルクは舞花が抱える回復薬の箱を見ると、「持つよ」と申し出てくれた。


「これって今日から行く遠征訓練用だよね? 昨日、まだ来ないってスデリファン副将軍が心配してた」

「今日から遠征訓練なんですか?」


 今日から遠征訓練だとは知らなかった。舞花は届けるのを先送りにしなくてよかったと胸をなで下ろした。


「うん。もうすぐ出発。ノンシャは行くみたいだよ?」


 そう言えば、遠征訓練への魔法治癒師の派遣の要請書が来ていた気がする。舞花は新米なので対象から外れたようだ。


「遠征訓練頑張ってくださいね。あと、ガングニールズ将軍にこれ届けてもらえませんか?」

「え? マイカが渡してよ。なんか将軍、ここ数日悩み事でもあるのかピリピリしてるんだよね」


 ついでに届ける大役を押し付けようとしたが敢えなく失敗した。エルクはガングニールズ将軍の様子を思い浮かべたのか、ちょっと苦笑いをしている。


 ──ピリピリしている? 元々怖そうなあの人が??


 それは想像しただけでも恐ろしい。何かあったのかな、と舞花は考えるが、あの日以来顔を合わせていないのだから理由を知るよしもない。


「それって、私が届けに行って大丈夫ですかね?」

「え? 大丈夫だって。副将軍は最近マイカが来ないからじゃ無いかって言ってたよ。ほら、将軍ってマイカと丸いお菓子を食べると機嫌良くなるからさ」

「あぁ、(マシュマロが)好きですものね」

「うん。(マイカが)好きみたい」


 エルクにニコッと笑いかけられて、舞花も思わず笑みを漏らす。将軍の執務室にはすぐに到着してしまった。


 ちょっと緊張したけれど、舞花はトントンっとノックしてからそっと扉を開けた。扉を開けた先の執務机に向かっていたガングニールズ将軍は舞花の姿を見つけて目を見開いた。


「回復薬の納品です」


 舞花が手に箱を持ったまま、おずおずと納品に来たことを伝えた。ガングニールズ将軍はすぐに立ち上がると、それを片手で受け取った。焦って立ち上がったのか椅子が後ろの壁にぶつかり、ガダンと大きな音を立てた。


「ご苦労だったな」


 ガングニールズ将軍はいつものように舞花に労いの言葉をかける。今日は微笑むと言うよりは、少し強張っているように見えた。

 ガングニールズ将軍はこの前の夜のことには触れてこなかったし、舞花も敢えて触れなかった。そもそも、かなりの強いアルコールの匂いがしたからガングニールズ将軍には記憶が無い可能性だってある。


「今日もこれを入れてあるんだな……」


 舞花はガングニールズ将軍の摘まみ上げた一本を見た。ガングニールズ将軍が持っている回復薬には『特製回復薬』『将軍用』と書かれている。


「もちろんです」


 舞花はしっかりと頷く。発注されたものを納品するのは当然のことだ。ガングニールズ将軍は回復薬と舞花の顔を見比べて、何かに迷うような表情を見せた。


「これは?」


 ガングニールズ将軍は今度は買ってきたマシュマロの袋を手にした。前とは少し見た目が違うから何なのか確信が持てないようだ。


「マシュマロです。この前とは違うものにしてみました。食べますか?」


 舞花が尋ねると、ガングニールズ将軍は少し考えるようにしてひげを撫でた。


「ああ。そうする」


 そう言うとおもむろに袋を開けたので、舞花は慌ててその袋を奪い取った。主導権を取られては大変だ。

 舞花はその大きなマシュマロを一口囓り、ガングニールズ将軍の口元に寄せた。


「どうぞ?」


 舞花が口元にそれを寄せてニヤッと微笑むと、ガングニールズ将軍は所在なさげに瞳を揺らした。そして、大人しくそれをパクリと食べた。


 ──あれ? 珍しいな??


 てっきりまた何かやり返されると思っていた舞花は拍子抜けした。これは、ピリピリしていると言うより、覇気が無い? 確かに何か悩み事でもありそうな感じた。


「おいしいですか?」

「うまい」


 ガングニールズ将軍は一言だけそう言うと、舞花を見下ろした。気まずい沈黙が二人を包む。舞花がチラリと見上げると、ガングニールズ将軍の焦げ茶色の双眸と目が合った。


「向こうの世界では何をしたんだ?」

「向こう?」


 舞花は意外な質問に一瞬答えに詰まった。元の世界の事をガングニールズ将軍に聞かれたのは初めてだ。


「えっと、結婚パーティーの会場の下見に行きました」

「結婚パーティーの会場の下見?」


 それを聞いた時のガングニールズ将軍の様子に、舞花は首をかしげた。ガングニールズ将軍は普段は表情が見えにくい人なのだが、今は目を見開いて明らかに驚いている。


「式はいつだ?」

「急に決まった割に、もうすぐなんですよ。再来月です」


 惟子はアナスタシアの予言通り誠さんの子供を妊娠していた。まだ初期の不安定な時期なので安定期に入ってからお腹の膨らむ前に式を挙げる段取りにしているようで、式の日程もタイトなのだ。


「マイカは……マイカはそれでいいのか?」


 ガングニールズ将軍は舞花の両肩を掴むと真剣な表情で見下ろしてきた。


「うーん、確かに出会ってからの期間は短いですけど。でも、いいと思います」


 いいも悪いも舞花の口出しすべきことでは無い。舞花はガングニールズ将軍を見上げ一つ頷く。

 このとき、舞花はガングニールズ将軍も十年越しの婚約がやっと成立して結婚することを思い出した。


「ガングニールズ将軍もおめでとうございます」


 精いっぱいの元気を装い、震えそうになる声を抑えて舞花は祝辞を述べる。そして、振り向くことなく執務室を後にした。


 

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