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二十 嘘でしょ?

 回復薬を納品し終え、ついでに残っていたマシュマロの毒見係も終わらせた舞花は魔術研究所に戻ろうと歩き慣れた通路を歩いていた。

 ガングニールズ将軍の執務室は北方軍の施設入り口からだと結構な道のりだ。しかし、舞花は何度も通っているのですっかり覚えてしまった。


 T字路になった通路に差し掛かったとき、舞花はハッとして身を隠す。通路の向こうで偶然若い二人の兵士が立ち話しているのが聞こえてきたのだ。


「今度の終戦十周年記念式典に将軍の婚約者が来るらしいぞ」


「婚約者? あの人婚約してたのか??」


 なんとなく隠れてしまった舞花は、そっと彼らの様子を伺う。呑気そうに呟いた片方の兵士に対して、もう一人は怪訝そうに聞き返していた。


 ──さっき、『将軍』っていってたよね……


 この国には将軍が四人いるはずだ。しかし、ここは北方軍の施設内だ。ここで言う将軍は舞花のよく知るガングニールズ将軍の可能性が高い。

 でも、『婚約者』と言う単語も聞こえてきた気もした。『婚約者』とはどういうことなのか。舞花は話の内容が気になってしまい、物陰で再び聞き耳を立てた。


「近衛騎士をしてる同期がさ、ガングニールズ将軍の家族が国王陛下にそう言うのを聞いたって言ってるんだよ」

「へえ」


「将軍って昔、貴族令嬢と婚約していたらしいんだ。───でさ。戦争が終わったら挙式する予定だったのに流れたらしい」

「え、そうなの?」

「ああ。なんでも、二人の先見をした────魔女が不吉なことを言って、先方から破棄されたとか。将軍─────だって。ようやく─────で家族も喜んでるみたいだよ」

「へぇ、よかったなあ」


 聞いている兵士は上司の朗報に心底嬉しそうに呟いている。


 舞花は説明する兵士が話している言葉を聞き取ろうと必死で耳を澄ました。しかし、ところどころがよく聞き取れない。

 それでも、そのところどころ聞き取ったところではいくつかの単語が聞こえた。


 『家族』

 『婚約者』

 『貴族令嬢』

 『戦争』

 『先見』

 『婚約破棄』


 戦争と言うのは、ちょうど先日スデリファン副将軍に聞いた戦争のことだろう。たしか終わったのがちょうど十年前だと聞いた。終戦十周年記念式典というのことからも間違いなさそうだ。


 ──婚約者がいたの?


 舞花の中で衝撃が走る。そんなことは全く知らなかった。


 ショックのあまりクラクラしてきそうな中、舞花は今聞こえた断片的な単語から若い兵士が説明したであろうことを推測していく。


 ガングニールズ将軍には戦争に行った頃に貴族令嬢の婚約者がいた。きっと二人は愛し合っていて、戦争が終わったら結婚しようと約束していた。ところがいざ戦争から戻ってくると二人の先見をした魔女はなにか不吉な予言をした。それを良くないと思った先方から、ガングニールズ将軍は婚約を破棄されたのだ。それがどういう運命の巡り合わせかはわからないが、ガングニールズ将軍とその婚約者はこのたびめでたく結婚することになったと言うことだろう。


 舞花はその話を頭の中で整理し終えて、眩暈がしてくるのを感じた。


 ガングニールズ将軍がずっと恋人を作らなかったのは、十年も前に婚約破棄された、その女性が忘れられなかったから?

 先見をした魔女に何かを言われて引き裂かれたその女性をこの十年間ずっと思い続けていた?


 先ほどの兵士の話では、そのことを家族も喜んでいると言っていた。


「……嘘でしょ?」


 信じられない思いだ。


 舞花の脳裏に若かりし日のガングニールズ将軍が美しく着飾った貴族令嬢に愛を囁く光景が浮かんだ。

 きっとその頃はあのもじゃもじゃのヒゲも無かったに違いない。舞花があれだけ言っても絶対に剃らなかったのに。


 なんだか無性にイラッとする。


 そして、その女性をずっとガングニールズ将軍は変わらず思っているのだ。ついに彼の10年越しの願いが叶う。舞花はそれを思うと、心が引き裂かれるかのような痛みを感じた。


 ──この気持ちはなんて言うんだっけ……


 自問自答の答えにたどり着いたところで舞花は打ちのめされたような気持ちになった。

 これまでの自分の色々な気分の起伏を思い返しても、この気持ちを言い表す言葉はこれしか思い浮かばない。


 『失恋』


 舞花は呆然とした。そのあとは、どこをどう歩いていたのかもわからない。もぬけの殻のような状態になって歩いていると頭上から声がした。


「マイカ、まだ残ってたのか。今日もご苦労だったな」


 ふと顔を上げると、予想通りそれはガングニールズ将軍だった。運悪く執務室からどこかに移動中のところに出くわしたようだ。

 頭2つ分高いその顔を見上げる。わかりにくいけど慰労の言葉を掛けてくれる時はやっぱり口元が緩んでいる気がして、舞花は口元を凝視した。


 ガングニールズ将軍はそんな舞花の様子を不審に思ったのか、怪訝な顔をした。


「どうかしたのか?」


 この人も婚約者にはにっこりと微笑んだりするのだろうか? そんなことが頭によぎった。


「うぅっ」

「マイカ?」

「ひどいよー!!」


 何がどう酷いのか上手く言えないが、とにかく口から出たのがその言葉だった。気持ちに気付いた途端に失恋するなんて!


 呆気にとられるガングニールズ将軍を尻目に、舞花は泣きながらその場を走り去ったのだった。


 無我夢中で走った。途中、弁当を抱える険しい表情のスデリファン副将軍とすれ違った。スデリファン副将軍は泣きながら走る舞花に気付くと「くそっ」と顔を歪めて顔面蒼白になり、走り出した。


 その直後、遥か後方で大きな声が聞こえて舞花は振り返る。聞いたことがある声だったので目を凝らすと、ガングニールズ将軍とスデリファン副将軍が何かを言い合っているのが見えた。


「どうしよう。喧嘩かな……」


 止めようかと一旦立ち止まったものの、どんな顔でガングニールズ将軍に会えば良いのかさっぱりわからない。そもそもあんな大男同士の喧嘩を舞花が止められるとも思えない。


 舞花は再びクルリと背を向けると、魔術研究所へと走り出した。




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