十七 セクハラ将軍現る
白く丸いお菓子を摘まんで不思議そうな顔をしている強面の大男が可愛らしく見えてしまい、舞花は思わずにまにまとしてしまう。今日、舞花は回復薬100本を納品しにガングニールズ将軍の元を訪れた。その際に、ガングニールズ将軍にお土産のマシュマロを渡したのだ。
「ガングニールズ将軍。はい、これをどうぞ」
舞花がマシュマロの袋を二袋差し出すとガングニールズ将軍は怪訝な表情を浮かべた。
「何だ、これは?」
「お菓子です」
舞花から渡されたマシュマロの菓子袋を手にしたガングニールズ将軍は元々縦線の入っている眉間にますます深い縦皺を寄せた。
舞花がお土産としてプレゼントしたのはコンビニエンスストアで一般的に売られている、白くて丸いマシュマロがいくつか入った百円の菓子袋だ。
「これは何と書いてある?」
ガングニールズ将軍はまず、袋にでかでかと書かれている日本語の商品名を指さした。舞花には日本語もこちらの言葉も難なく読めるが、ガングニールズ将軍は日本語が読めないらしい。ちょっとした新発見である。
「えーっとですね、商品名が書いてあります。『ふわふわマシュマロ』です」
「ふわふわマシュマロ? マシュマロとはたしか前に野営の自炊訓練に行ったときにマイカが言っていた異世界の菓子か?」
「あ、そうです。よく覚えてましたね。昨日元の世界に帰ったから買って来たんです」
ガングニールズ将軍はもう一度袋に視線を落とすと、今度は袋を裏返して裏面を見た。しかし、何を書いてあるのかわからないようですぐに表面に戻した。
「どうやって食べるものだ?」
「袋を開けてそのまま食べます。あとはコーヒーに溶かして入れたり。私は少し炙って焼きマシュマロにするのが好きです」
「そうか」
ガングニールズ将軍はもう一度マシュマロの袋に視線を落とした。そして、大きな手で器用に袋を開けると中からマシュマロを一つ取り出した。
そのまま食べるのかと思いきや、なかなかぱくっとはいかない。まずは摘まみ上げたそれを顔の前まで持ってきてまじまじと眺めている。その姿が新しい玩具を渡された動物園のクマのようで舞花は思わずにまにまと口元が緩んでしまう。
次にガングニールズ将軍はマシュマロを指でふにふにと押した。マシュマロは指に沿ってへっこんだりしながら形を変えている。
「なるほど。確かに白くて丸くてふにふにと柔らかいな。表面はさらさらとしている」
ガングニールズ将軍は感心したように頷き、顎髭に手を当てて真剣にマシュマロを観察している。
「あの、毒とか入ってないですよ? なんなら私が毒味しましょうか?」
舞花は観察しているばかりでいっこうに食べようとしないガングニールズ将軍の姿に、もしかして警戒して食べることをためらっているのだろうかと不安になってきた。
舞花の申し出にガングニールズ将軍は驚いたように目を見開き、そしてニヤッと笑った。正確に言うと、ニヤッと笑ったように舞花には見えた。いつもの通りひげが邪魔で表情が読めない。
「ではお願いしようか」
つまんだマシュマロを差し出され、舞花は受け取ろうとした。しかし、摘まんでいる大きな指が離れない。不思議に思い顔を上げると、目が合った瞬間に口にマシュマを半分突っ込まれた。しかも、大きな指はマシュマロをつまんだままである。
──これは一体!?
舞花は混乱したが、ガングニールズ将軍の指を食べるわけにもいかないのでこの状況ではマシュマロを噛み切るしかない。噛み切って半分になったマシュマロを咀嚼してごくりと飲み込むと、それを見たガングニールズ将軍は残った半分を迷うこと無く自らの口に入れた。
「甘くてうまいな」
驚きの余り目を見開く舞花に対し、ガングニールズ将軍はペロリと自分の指先を舐めた。そして、またニヤッとしたように舞花には見えた。
「あの……?」
「どうした? 毒味してくれるんだろう??」
さも当然のように再びマシュマロを差し出すガングニールズ将軍に舞花はあわあわしてしまう。きっと顔は蛸のように赤くなっているに違いない。
──これって、れっきとした仕事なんだよね?
真っ赤になったまま、舞花は与えられるがままにマシュマロを食べ続ける。まるで親鳥が雛鳥にするように甲斐甲斐しく手ずからのマシュマロを与えられた後、満足げなガングニールズ将軍に対して舞花はぐったりと疲れ切ってしまったのだった。
◇◇◇
マシュマロ事件の翌日のこと。訓練に魔法治癒師として参加していた舞花はスデリファン副将軍に声を掛けられた。
「なあ、マイカ。リークになにか異世界のものをあげただろう? 白くて丸い菓子。あれを一個くれって言っても絶対にくれないんだ。あれはそんなに希少なものなのか?」
「え?」
白くて丸い菓子とは即ちマシュマロのことである。それを聞かれた途端、舞花の顔は耳までバラ色に色付いた。いやでも昨日のことが脳裏に蘇ってしまう。その反応をおかしいと思ったのかスデリファン副将軍は怪訝な顔をした。
「どうした?」
「いえ、何も」
「そんなことないだろう? 顔が赤い」
スデリファン副将軍はなかなか引き下がらない。巧妙に聞き方を変えながら、舞花から根掘り葉掘り事情を聞き出していく。もしかしたら捕虜や敵から事情聴取するときのためにこういう術も訓練しているのかも知れない。
「昨日、俺はリークの執務室を訪ねた際に見慣れない文字の書かれた袋に入った白くて丸いものを見つけたんだ。リークに何か聞いたら『マイカの世界の菓子だそうだ。さっき貰った』と言った。それは間違いない?」
「はい」
「そのとき、リークは鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さだったんだ。そんなに機嫌が良いリークは俺にとっても珍しい。鼻唄が歌いたくくなるほどうまい菓子なのだろうかと気になるのも当然だろう?」
「そんなに気に入って下さってたんですね」
「それで、おれも異世界の菓子というものを自分も食べてみたくなったわけだ」
「はぁ」
「ところがだ。リークの奴、渋ってなかなか菓子を渡そうとしないんだ。いつもなら貰い物の食べ物はみんなで食べろと部下の隊員に全て渡してしまうやつなんだぜ? なのに、二袋もあるその菓子は頑なに渡そうとしなかった。おかげで俺は、いったいどんなに希少な菓子なのかと昨日からずっと気になって仕方がなかったのだわけだよ。このままだと夜も眠れない」
「あの……。もう一袋余ってるから差し上げましょうか?」
目の前でいかにマシュマロが気になるかを熱弁するスデリファン副将軍がだんだんと気の毒になり、舞花は残る一袋を差し上げると申し出た。しかし、そこで舞花はハッとする。
昨日、舞花は毒味しろと言われてあの羞恥プレイを余儀なくされた。目の前の人は副将軍である。もしかするとこの人も??
「あの、将軍って食べ物をプレゼントすると毎回毒味がいりますよね? もしかして副将軍も??」
「毒味?」
「だって、昨日……」
舞花は真っ赤になりながらも昨日の出来事の一部始終を話した。目の前のスデリファン副将軍は唖然とした顔をしている。
「もしかして、毒味なんて普通はいらないんですか?」
スデリファン副将軍の顔を見て舞花は不安に駆られた。もしかして、自分はまだガングニールズ将軍に警戒されているから毒味をさせられた?
しかし、スデリファン副将軍の顔はすぐにスッと真顔に戻る。そして、真剣な顔をして舞花を見下ろした。
「マイカ。リークは将軍なんだ」
「はい
「将軍は偉いんだ」
「はい」
「差し入れた人間がその場に居るなら毒味をさせるのは当然だろう? ただ、副将軍である俺は必要ない」
スデリファン副将軍は舞花の目を見たまま大真面目な顔でそう言い切った。
「やっぱりそうなのね……」
舞花はスデリファン副将軍の言葉に小さく独りごちる。将軍とは舞花が思うよりもずっと大変な仕事だ。常に毒殺の危険が有り、心が安まる間もないに違いない。
「とにかくそう言うことだから、その菓子はマイカが毒味する必要がある。俺の分は明日受け取るよ」
「わかりました」
スデリファン副将軍は舞花が頷いたのをみて「よし」と一言呟き、口元に手を当てた。
「あのセクハラ将軍め」
「はい?」
「いや、何でも無い。とにかくよろしく」
スデリファン副将軍はにっこりと舞花に笑いかけると片手をあげてその場を後にした。
エルク:「スデリファン副将軍。この通達はなんですか?」
副将軍:「リークの機嫌を悪化させないために必要なことだ。これは北方軍の平穏を守るために必要なことだ」
エルク:「なるほど、承知しました。隊員に周知します」
(ビシッと敬礼)
副将軍:「頼んだぞ」
一、将軍の部屋にある白く丸い菓子を欲しがることは厳禁とする。
一、緊急を要する要件を除き、マイカが将軍の部屋にいるときはノックをせずに扉の前に待機すること
鬼将軍どころが完全なるセクハラ将軍である。おかげでスデリファン副将軍はマイカの前で笑いを堪えるため、厳しい訓練で鍛え上げた鉄の根性を総動員する嵌めになった。ある意味、実戦並みに苦しい時間であったことは間違いない。
しかし、昨日のご機嫌な友人の姿を思い浮かべ、あいつも10年も仕事一本だったんだしまぁいいか、と思い直す友人想いのスデリファン副将軍だった。




