第5章ー2
そんな会話を(義)兄達が交わしていること等は知る由もなく、同じ頃にアラン・ダヴー大尉は、前線部隊への転属を済ませていた。
とは言え、その転属先は訳ありもいいところだった。
「何で私まで行かないといけないことになったのです」
スペイン内戦で共に戦って以来の腹心の部下と言えるフリアン軍曹は、この話を聞いた瞬間にダヴー大尉に食って掛かった。
「うん。自分にとって必要だと考えたからだが」
「迷惑な話です」
フリアン軍曹は、ダヴー大尉の返答を聞いた瞬間に目をそらしながら言った。
とは言え、その口調には暖かみがある。
ダヴー大尉は、自分の目に間違いはなかった、上層部に上申することでフリアン軍曹と一緒に転属になって良かった、と心から思った。
ダヴー大尉の転属先は、いわゆる外人部隊だった。
外人部隊の下士官兵は基本的に外国人だが、士官は基本的にフランス人が務めることになっている。
(厳密に言うと、外人部隊の士官の1割程は内部(つまり下士官兵)からの叩き上げなので、外国籍の士官もいないことは無い。
また、フリアン軍曹のような、いわゆるお目付け役としてフランス人の下士官が全くいない訳でもない。)
とは言え、外人部隊は、その所属する兵士やその気性等から、通常のフランス人士官内部では、扱い難い部隊だとして敬遠される異動先でもあった。
そんな異動先にダヴー大尉が異動することになったのは、(いわゆる)飛ばされたからだ、とフランス軍内部では見る者が多かったが、実際には微妙に異なる事情からだった。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む。ルイ・モニエール少尉」
部下になる小隊長4人と、更にその指揮下にある分隊長16名とも特に面談し、と異動先である外人部隊の部下と新任の中隊長になるダヴー大尉は面談したが、その内の1人の小隊長とは、特に膝を突き合わせて話し合うことにした。
「本名で呼んでよいかね。モニエール少尉」
「外人部隊は偽名が原則です。それに、本名で呼ぶと、剣を捧げることになるのでは」
「私は同名なだけで、血は承けていない。それに、真のサムライは一度、忠誠を誓った相手を裏切らない。私は真のサムライの末裔を誇りにしている」
ダヴー大尉の言葉を聞いた瞬間、モニエール少尉の気配が微妙に変わった。
「さすがは、名前だけとはいえダヴーの名を称するだけのことはあるな」
「その気配、さすがはナポレオン6世陛下とお呼びすべきですかな」
二人は仮面を脱ぎ去り、笑みを浮かべあった。
ルイ・モニエールは全くの偽名、ルイ・ナポレオン・ボナパルトが本名であり、ナポレオン1世皇帝陛下の末弟ジェロームの曽孫で、現在のボナパルト家の家長だった。
世が世ならフランス皇帝ナポレオン6世として、ルイ・ナポレオン・ボナパルトは現在、フランス帝国を統治している身である。
だが、フランス第二帝政の崩壊、フランス第三共和政成立といった歴史の流れにより、公式にはフランスへの入国が法律によって禁止された身とルイ・ナポレオン・ボナパルトはなっている。
しかし、第二次世界大戦勃発に伴い、祖国フランスを救わねば、とフランス軍にルイ・ナポレオン・ボナパルトは志願した。
ルイ・ナポレオン・ボナパルトの実母は、ベルギー王女クレマンティーヌであり、現在のベルギー国王レオポルド3世は13歳年長の又従兄に当たる。
母の祖国であるベルギーを救うという想いも、ルイ・ナポレオン・ボナパルトにはあった。
しかし、法律の制約というものがある。
フランス政府は、ルイ・ナポレオン・ボナパルトの希望について、外人部隊の一士官という形で叶えることにした。
そして、ダヴー大尉は半監視人として着任したのだった。
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