第4章ー15
「いかんな。目の前のことを考えよう」
自分自身、会津と長州の因縁について考えすぎだ、と考えた簗瀬真琴少将は、想いを切り替えた。
年の瀬の迫る中、日本空軍と米国陸軍航空隊の戦略爆撃は、競い合うように戦果を挙げているようだ。
米国陸軍航空隊の戦略爆撃は、中国の都市を少しずつ灰燼にしようとしている。
日本空軍の戦略爆撃は、中国の都市の維持を物資輸送の観点から困難にしつつある。
直接の被害者の数から言えば、米国陸軍航空隊の方が戦果を挙げているのかもしれないが、日本空軍の戦略爆撃もある意味では性質の悪い戦果を挙げていると言える。
直接、日本空軍が中国の民衆に与える被害は少ないかもしれないが、物資が都市に運び込まれなくなるという事は、都市では飢餓等が発生することになる。
都市の住民からは、空襲の被害が直接は目に見えない以上、共産中国政府に対して、何故に空襲の被害を防げないのか、という、と不満を引き起こす原因に、日本空軍の空襲はなる筈だ。
米陸軍航空隊の空襲が、都市の住民を直接、死傷させているのと比較しての話だが、どちらの爆撃が共産中国政府に対する不満を掻き立てるのか、という観点からすれば、日本空軍の爆撃がより効果的な筈だ。
そして、この戦略爆撃の効果は、対共産中国ゲリラ戦闘においても、徐々に表れるようになっている。
簗瀬少将のみが判断した訳ではなく、岡村寧次大将や赤柴八重蔵少将といった最上級指揮官から末端の兵までもが、対共産中国ゲリラとの戦闘において対共産ゲリラの装備が相対的に劣悪化していると徐々に判断するようになりつつあった。
何しろ、中国本土のいわゆる奥地から最前線まで兵器等を運ぶのも、鵜の目鷹の目で主に日本空軍が鉄道輸送や内陸水路輸送を遮断しようと試み、実際に損害を与えている現状にあっては、中々運び込めないという事態を引き起こすようになっている。
こうなっては、まともな弾薬も不足している状態で、対ゲリラ討伐を行う日本軍を共産中国ゲリラが迎撃するという事態が発生するのも、ある意味では当然のことだった。
更に「敵に食む」という孫子の迷言に従った共産中国軍の作戦指導。
簗瀬少将は、自分自身興味もあったことや、海兵隊に進んで戦死した同級生の勧めから、中学校在学時から孫子を愛読していたが。
簗瀬少将の咀嚼、理解する限りにおいて、「敵に食む」という言葉は誤解を招きかねない言葉だった。
後方からの補給が切断された場合に、緊急避難として敵地からの補給で部隊を維持しようというのは、まだ分かるというか、実際にありうる話だ。
だが、それを敵地からの補給を前提に部隊を維持して侵攻を展開する作戦だと理解する、というのは自滅行為にしか自分には思えないのだが。
共産中国軍は、それを実施しているとしか、自分や周囲の日本軍の軍人からは想えない作戦を展開しているようだ。
「そういった作戦を実施しては、軍紀が荒廃しかねない」
簗瀬少将は、冷めた目で共産中国軍を見ていた。
「ともかく、岡村大将が言うように、前線の維持に努めよう。そして、後方の安全を確保しよう。対ソ連では、それによって親ソゲリラを撲滅する等の戦果を挙げつつあるのだ。対共産中国でも効果が挙がることを期待して頑張り抜くか」
簗瀬少将は、色々と想いを巡らせた末、そこまでの考えに至り、そう堅く決意した。
実際問題として、簗瀬少将の想いは、精神論に過ぎないと言われても仕方なかった。
だが、簗瀬少将と似たような想いを、この1940年12月当時は、上は岡村大将から下は末端の兵卒までしながらも戦うしかなかったのが現実だった。
対共産中国戦争は、まだまだ終わる気配がなく戦うしかなかった。
第4章の終わりです。
次から第5章になり、欧州戦線が舞台になって、土方勇少尉等の日本海兵隊が再登場します。
ご意見、ご感想をお待ちしています。