第4章ー8
とは言え、このような状況では、中国戦線は完全に手詰まりどころか、最終的には共産中国軍によって押し切られかねない。
中国派遣軍としては、占領地内の住民への宣撫工作によって、共産ゲリラと住民を切り離そうと試みると共に、共産ゲリラに対する武力鎮圧作戦を続けざるを得ないが、それだけに止める訳には行かなった。
日本空軍による中国本土に対する戦略爆撃計画が本格的に立てられ、米陸軍航空隊の一部からも協力を受けて実施に移されたのは、そういった背景があった。
「本音を言えば、成都、重慶といった辺りまでも爆撃したいものだが」
「我が空軍が誇る99式重爆撃機でも、とても航続距離が足りませんね」
「全くだな」
井上成美中将と大西瀧治郎少将は会話をしていた。
「その代り、99式戦闘機が随伴できます。中国空軍はほぼ虫の息ですが、この際にトドメを刺しましょう」
「ソ連に対する本格的な戦略爆撃を開始する場合に備えて、という観点もあるのだろう」
「その観点もあります」
井上中将の言葉に、大西少将は力強く答えた。
1940年9月、日本空軍は、蘭州や南京と言った辺りに重爆撃機部隊を展開させ、西安、武漢、長沙といった陝西省から湖北省、湖南省の都市に対する戦略爆撃を実行する計画を立案していた。
共産中国政府は、兵器等を生産する工場群を四川省等のいわゆる奥地に移転、建設することで、長期戦を戦い抜こうとしている。
だが、共産中国としては、こういった工場で生産された兵器を最前線に運ぶ必要がある。
また、工場群を動かすのにも様々な物資が必要であり、その物流を阻害することにより、工場群の稼働を妨害できる。
奥地の工場群に運び込まれる物資、また、奥地の工場群から最前線へ運ばれる兵器等、この物流を叩こうという考えから、この戦略爆撃は立案された。
また、これは対ソ戦線における空と海の戦いが峠を越えた、という戦況の好転からも、日本空軍内で発想されたものだった。
ハルピンを奪還した結果、東清鉄道本線はウラジオストク等への補給機能を失った。
それに、韓国軍はじりじりとウラジオストクを目指していた。
こういったことからウラジオストク近郊の補給状況は、陸軍を優先せねばならず、海軍には極めて悪い有様になっていたのである。
そして、空軍にしても戦闘機や近接攻撃機を優先して陸軍を支援せねばならず、日本本土への爆撃はほぼ完全に中止状態に追い込まれつつあった。
また、ペトロパブロフスク=カムチャッキーが米軍の占領下に置かれたこともあり、ソ連太平洋艦隊の潜水艦部隊の活動は、極めて低下してしまっていた。
こういった事情が、日本空軍の戦力を中国本土の戦略爆撃へと向ける余力を与えることになった。
また、戦略爆撃を行う際に、伝単、ビラを撒いた上で爆撃を繰り返すことで、中国の民衆に対して、共産中国政府への信用を失わせるという効果が挙がることも期待されていた。
少しでも中国の民衆と共産中国政府を切り離さねば、中国戦線は泥沼化する一方である。
とは言え、戦略爆撃を行うとなると、戦術空軍として育成されてきた日本空軍には少々重い任務となる。
米国等の支援を受けねば、日本空軍が戦略爆撃を継続的に行うことは困難な話だった。
こういった事情から、中国本土への戦略爆撃を計画、展開するに際して、米国陸軍航空隊と日本空軍は共闘することになった。
「それにしても、派遣されてきた米陸軍航空隊のアーノルド将軍にはどこか狂気めいたものを感じますな」
大西少将は話を変えた。
「確かにな。その部下も剛腕といえば聞こえがいいが、それなりの人物がいるようだ。ルメイとかな」
井上中将も感じたのだろう。
大西少将の言葉に同意した。
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