第4章ー3
「あくまでも、思いつきとして聞くのだが、まず第一に、満州里からザバイカル方面へ攻勢を行い、極東ソ連部を切り離すという作戦は、どうなのか」
「補給の困難がある、と考えられます。相対的にですが、満州北西部はインフラ整備が満州南部や東部と比して遅れています。また、極東ソ連部には、相当の軍人や民間人がいます。極東ソ連部では、食料等の自給が出来ておらず、この冬には餓死者や凍死者が出る公算が高い、と参謀本部では推定しています。そういった状況に関わらず、満洲里からザバイカル方面に進撃を図るというのは」
米内光政首相からの問いかけに対して、永田鉄山参謀総長は、それ以上の言葉を濁したが、大本営連絡会議に出席している面々は、その意味を察した。
ソ連政府は、日米満韓連合軍が、そのような作戦を執った場合、極東ソ連部の住民の命を盾に取った宣伝戦を展開するだろう。
極東ソ連部に住む住民の命を守るために、食料や燃料を日米満韓は提供しろ、民間人を戦禍に巻き込むな、という主張を大々的に行われては、中立国のみならず、日米英仏等の国民の間にも、その主張は受け入れるべきでは、という考えが広まりかねない。
かと言って、実際に食料や燃料を、極東ソ連部の住民に、日米満韓が提供しては、その食料や燃料がソ連軍の手に最終的には入り、敵軍を我々が養うことになってしまう。
「イルクーツクまで前進するのは諦めて、ルフロウォ以東のみの確保等、占領地を縮小するというのは、どういう観点から望ましくないのか、説明してくれないか」
梅津美治郎陸相が口を挟んだ。
梅津陸相も、現役の軍人として、何故に望ましくないのかは把握している。
だが、大本営連絡会議に出席している面々に、何故にイルクーツク近辺までの前進を目指すのか、を予め理解しておいてもらった方が、今後の作戦遂行のために必要と考えた。
「確かに、その方が補給の困難は軽減されますが、外蒙古政府打倒の観点から言えば、ルフロウォ以東のみの確保では効果が薄いと考えます。イルクーツク近辺まで制圧すれば、外蒙古政府に対するソ連の支援は極めて困難になります。更にそこまで進めば、ウイグル族等の中央アジアの民族とも連携できるようになります。既にヒマラヤ山脈越しにチベット族等に共産中国に対して武力闘争を起こすように指嗾しています。これにウイグル族等が加わり、外蒙古政府が打倒されれば、四面楚歌の状態に共産中国は陥ります。それによって、共産中国政府を降伏の止む無きに至らせるのです」
永田参謀総長は長広舌を振るい、その弁舌は、大本営連絡会議に出席している面々を納得させるに足りるものだった。
「だが、それにはまだまだ掛かりそうだな」
吉田茂外相が口を挟んだ。
その横では、三土忠造蔵相もその言葉に肯いている。
三土蔵相は、立憲政友会の重鎮議員で、高橋是清元首相の後継者といえるだけの財政通である。
「取りあえず、年内は満州領内の完全回復が精一杯でしょう。その後は冬になる。冬季戦はソ連軍の得意ですので、こちらは守勢に徹します。春暖かくなる5月から、ソ連領への侵攻作戦を発動する予定を立てています。言うまでもなく、その間も、ソ連領内に対する空爆を繰り返し、補給等を困難にさせます。ルフロウォ以東を制圧するのに来年一杯。イルクーツク近辺に侵攻、制圧できるのは再来年になるでしょう」
永田参謀総長は、そのような見通しを語った。
「本当に長い戦いになりそうだな。その後で中国本土制圧作戦を発動することになるのか」
米内首相が、半ば自分に言い聞かせるように言い、永田参謀総長他の軍人もその言葉に肯いた。
吉田外相や三土蔵相も遠くを見やるようだった。
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