間章ー2
「総司は、初めての子を、とても楽しみにしていたのでしょう」
「ええ。夫の勇がそのように手紙に書いていました」
声を潜めて、土方千恵子と村山幸恵は会話した。
本来から言えば、二人が声を潜める必要は全くない。
だが、思わず真実を口走ってしまう危険をお互いに考慮した結果、声を潜めることになっていた。
葬儀の席である以上、思わぬ人の耳に入る可能性がある。
幸恵が、千恵子や総司の異母姉というのは両手の指で数えられる程の人しか知らぬ話で、しかも他人に知られる訳にも行かない話だった。
幸恵が、千恵子や総司の異母姉というのは、幸恵の実母の村山キクの言葉しか直接の証拠は無かった。
(千恵子の実母の篠田りつや)総司の実母の岸忠子は、その性格からして、千恵子や総司の父の遺言が無いことを盾にし、千恵子や総司に他の兄弟姉妹がいるとは絶対に認めない、と周囲の誰もが考えている。
(千恵子の場合は、遺言で実子と認知されていた。)
そういった状況から、幸恵は隠れた異母姉になっていた。
幸恵と千恵子が会話をしていると、総司の子が、お腹がすいたのか、むずかり出したので、思わず千恵子は乳房を総司の子に含ませた。
総司の子は千恵子の実子であるかのように、千恵子の乳房に吸い付いて母乳を吸い出し、自然とむずかるのを止めた。
幸恵は、それを見て、思わず呟いた。
「本当に血のつながりが分かっているのかしらね。私の母乳も同じように吸うかしら」
「吸いますよ。今度はお乳をあげて下さい」
千恵子はそう言ったが、総司の子はお乳を飲んで満足したらしく、すぐに寝入ってしまった。
幸恵と千恵子は、思わず笑いを交わした。
「それにしても、幸恵さんも通夜や葬儀に来るとは思いませんでした」
総司の子が目覚めないようにとも考え、千恵子は更に声を潜めて会話した。
「私の家は近所だから、来てもおかしくないわ。変に思う人がいても友人の付き合いがあったから、の一言で大抵は納得してしまうもの。それ以上に邪推しようにも事実は事実だし」
「確かにそうですね」
幸恵の言葉に、千恵子は納得した。
幸恵が、自分を千恵子や総司の異母姉だとお互いに知ったのは、林忠崇侯爵のお節介からで、今から数年前の事だった。
だが、それ以前、幸恵と総司が小学生になるかならないかの頃から、二人は近所の幼馴染だった。
(ちなみに、キクが総司を自分の娘、幸恵の異母弟と知ったのも同じ頃だった。
それまでは、幸恵の実父が岸総司の実父とは、キクにとって思いもよらなかったのである。)
「そう言えば、忠子さんは何と?」
「こういった時にまで、私に家の敷居をまたぐな、とは言えないわよ。それにさすがに大きな衝撃を受けたみたい。本当に気の毒なほど、家族の縁が忠子さんは薄いから」
「そうですね」
幸恵の言葉に、千恵子は想いを巡らせた。
忠子の兄弟3人の内で生きているのは姉1人、他は20年以上前に病死している。
(千恵子や幸恵の実父でもある)夫にも忠子は先立たれている。
そして、今回、初孫が出来たとはいえ、嫁にも先立たれたのだ。
忠子の身辺は寂寥感が募るばかりだ、と千恵子は想った。
「周囲の違いもあるのでしょうけど。北白川宮殿下がこっそり言うように、せめて、あなたを嫡母庶子として、忠子さんはきちんと面倒を見れば良かったのよ。全くそうすれば、忠子さんもここまで寂寥感に襲われずに済んだでしょうに」
自分の立場もあるのだろう、幸恵は千恵子に思わず零した。
「そうですね」
幸恵の言葉に、思わず千恵子も同意してしまった。
幸恵も千恵子も忠子が結婚する前にできた子だ。
だから、忠子が幸恵や千恵子をそう攻撃しなくてもいいだろう。
そう、北白川宮成久王殿下等は考えている。
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