第3章ー13
西住小次郎大尉の心配は決して杞憂ではなかった。
相前後して、島田豊作大尉も似たような目に遭っていた。
「後退。一旦、後退しろ」
島田大尉は、喉頭マイクが壊れるのではないか、という大声を上げていた。
本当なら、そこまでのことをしなくても、喉頭マイクは自分の声を拾ってくれる筈だが、きちんと部下に自分の声を届けることで、混乱しかけている部下を落ち着かせようという想いが、そのような大声を島田大尉に上げさせていた。
冷静に考えれば、そのような大声を上官が上げれば、上官も混乱しているとして、部下が却って浮足立つ可能性がある、と島田大尉にも分かりそうなものだが、100式重戦車の砲弾が初めて弾かれたという衝撃の大きさが、島田大尉の冷静さを奪っていた。
ちなみに、島田大尉の冷静さを奪ったのは、たった1両のKV-2戦車だった。
何故に1両だけで島田大尉の率いる100式重戦車を装備した戦車中隊の前に立ち塞がったのか。
上層部からの命令を直接に受けた戦車長はその後の戦闘で戦死して、生き残った部下達は、戦車長の命令に従っただけ、としか基本的に言わなかったので、正確な事情は謎だが、足回りの問題から僚車が落伍してしまい、止む無く1両だけで日本軍を食い止めようとした、ということらしい。
だが、1両だけでもKV-2戦車は無双振りを発揮した。
100式重戦車の誇る75ミリ砲が数発当たった筈なのに、島田大尉の見るところ、KV-2戦車は平然として、自らの主砲を撃ち返してきた。
その時点では152ミリ砲ということが島田大尉には分からなかったが、KV-2戦車の主砲は、100式重戦車の装甲が紙と化したかのように、100式重戦車を1発で破壊炎上させた。
そして、島田大尉の指揮下にある100式重戦車4両が炎上するに至り、島田大尉は自らと部下を後退させたという次第だった。
「厄介な相手だな。しかし、あいつを破壊しないと、我が軍は前進できない」
後退を完了した後、島田大尉は、そう考え、上層部に状況を報告した。
実際、そのKV-2戦車は起伏に富んだ山がちの地形を活用した巧みな位置を確保していた。
島田大尉の報告を受けた上層部からは、すぐに応援を送る、という連絡が島田大尉にあった。
「とは言え、どんな応援が来るというのだ。100式重戦車が役に立たないのだぞ」
それが、正直な島田大尉の想いだった。
その答えは、約2時間後に分かることになった。
「爆音が聞こえるな」
島田大尉が、上空を仰ぎ見ると99式襲撃機4機がKV-2戦車とその周囲の辺りに爆弾を降らせた。
60キロ爆弾16発が降り注いだ後、KV-2戦車は直撃弾を受けたのか、炎上していた。
「成程、確かに戦車に対処するのに、航空機の爆撃を使ってはならないことは無いか」
島田大尉は得心することになった。
似たようなことが、西住大尉の前面でも起こった。
ソ連軍の誇るKV戦車に対しては、航空攻撃で対処する。
それが日米満韓連合軍の主な方策だった。
(勿論、主な方策というだけであり、所によっては歩兵の携帯式対戦車噴進弾の集中運用や100式重戦車の待伏せで破壊したこともある。
実際、西住大尉も100式重戦車部隊の応援を仰ぎ、待伏せでKV-1戦車1両の破壊に成功している。)
こうして、所によっては苦戦を強いられつつも、日米満連合軍はハルピンを目指して前進していった。
最初のソ連軍の防衛線は4日の戦闘で一度に100キロも突破することに成功したが、その後は後方から補給物資を運ぶ都合もあり、少しでも飛行場を前進させて戦おうとしたこともあり、といったことから進撃はやや滞ったが、日米満連合軍は1月余りを掛けハルピン近くまで進撃した。
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