プロローグー5
「そろそろ次の攻勢を日米満韓側が計画する頃ではないでしょうか。次の目標は、ハルピン奪還辺りですか。それよりも先にソ連軍が反攻を計画するかもしれませんが、補給線が延び切っている。普通に考えれば、ソ連軍は守勢を執り、日米満韓軍の攻勢を跳ね返そうとすると考えます」
千恵子は、そのように分析した後で、更に言葉を継いだ。
「ウラジオストック軍港は、どうなりますかね。韓国軍に任せられますかね」
「全面的に任せろ、と韓国政府、軍は言っているがな」
土方伯爵は渋い顔になった。
実際、何度もウラジオストック方面への進撃を、韓国政府、軍は主張し、新聞等でも訴えている。
その際には先鋒を務める、全面的に任せて欲しいとも。
だが。
「任せてもいいですが。尻拭いをさせられてはかないません」
千恵子は辛らつな批評を下した。
実際、土方伯爵も内心では千恵子に同感だった。
韓国軍の士気は高いが、兵器の質量共に不安がある。
それこそ、ソ連軍が本格的な対処を行えば、韓国軍が敗走する事態さえ考えられた。
「気持ちは分かるが、同盟国なのだから、それ位にしておけ」
「分かりました」
土方伯爵は、そう千恵子をたしなめ、千恵子も矛を収めた。
「とは言え、ソ連に対して攻勢を取れば、別の戦線で動きがある可能性が出てくると考えます」
千恵子は、言葉を継いだ。
「それはどこだ」
「例えば、中国本土ですね」
千恵子と土方伯爵は、やり取りをした。
「例えば、ということは、他にも動きが出てくる可能性があると想定しているのか」
土方伯爵の問いかけに、千恵子は首を傾げながら言った。
「何しろ世界大戦ですから。お互いに色々と後方かく乱を企むのは、孫子以来の兵法の基本でしょう。帝国主義、反民主主義から、共産主義、民主主義を守ろう、と独ソ中が訴えれば、日米英仏も、民族、宗教の自立を訴えて、独ソ中はユダヤ人をはじめとして民族、宗教の弾圧を行っていると逆宣伝をしている。こんな宣伝合戦をお互いにしていれば、どこでどんな戦線が生じて、動きが起こるか、誰にも予測不可能では」
「確かにな」
千恵子の言葉に、土方伯爵は、思わず肯いた。
「中国本土に話を戻しますが、ここは共産中国が控えています。そして、共産中国は、中華民族主義を標榜しており、それに多くの漢民族が共鳴しています。実際、日満両国軍が主役となっている中国本土の占領地の治安維持に、共産中国の支援が絶えないことから、占領地の漢民族の住民は激しく抵抗しており、日満両国軍は、大変苦労しているという現実があります」
千恵子は、そこで言葉を切った。
「それで、どうすればよいと考える」
土方伯爵の問いかけに、千恵子は答えた。
「打つ手がありません」
「打つ手が無いか」
「はい。人間を捨てる以外に。しかし、日本政府にはできません」
千恵子と土方伯爵の問答は、禅問答に近いものだった。
だが、言外の意味はお互いに分かっていた。
究極の手段としては、中華民族主義に共鳴する漢民族を絶滅させることしかない。
だが、そんなことは人間としてはできない。
特に日本政府には。
「厄介だな。日本政府は、永久戦争に突入したという事か」
「そういうことです」
千恵子は、土方伯爵の問いに答えた。
「ソ連も似たようなものか」
「その通りです」
敵対する勢力が、屈服し我々の奴隷になるか、絶滅するか。
古代以来、数々のいわゆる帝国が、散々やってきた手段だ。
それこそ有名な例が、ローマ共和国が、カルタゴに対してやったことだ。
「少しでも早く敵が講和に応じてくれることしかないな。日本政府がどこまで耐えられるか」
「でも、それが戦争というものです」
「確かにな」
歴戦の軍人である土方伯爵は、そう言うしかなかった。
プロローグの終わりで、次から第1章になります。
ご感想をお待ちしています。