第2章ー11
当時の日本空軍にしてみれば、最も力を入れていたのは、対ソ戦、それも主に満州上空における航空優勢の確保と地上支援任務だった。
そのために、99式戦闘機や99式襲撃機の生産に力を入れていた。
次に力を入れていたのが、対ソ戦におけるいわゆる後方への攻撃だった。
それによって、ソ連軍の前線への補給を妨害する等して、反攻を成功させようとしていたのである。
そのために、99式中型爆撃機や99式重爆撃機が投入されていた。
(具体的な詳細については、後で述べる。)
かといって、対ソ戦において、地上戦のみに日本空軍は傾注する訳には行かなかった。
1940年夏の時点では、まだまだソ連海軍太平洋艦隊の潜水艦の活動は収まってはおらず、日本本土への通商路等は、安全とは言い難かったからである。
勿論、諸般の事情からソ連潜水艦への対策の主力となる航空戦力は、日本海軍航空隊だったが、日本空軍も座視するだけという訳には行かなかった。
日本海軍航空隊で、ソ連潜水艦対策の主力となったのは、飛行船と飛行艇だった。
(相対的にだが)主に飛行船は各種船団を直接護衛する任務に当たり、飛行艇は各種船団の間接護衛に当たることが多かった。
何故なら、飛行船は航続時間が長く、様々な探査装置を搭載できたからである。
富士信夫中尉は、第二次世界大戦勃発、日ソ戦争開戦から半年余りが過ぎていることを、自分自身で改めて振り返っていた。
あの時は秋から冬に向かっていたのが、今は夏になろうとしている。
最初の頃は、飛行船乗りにとって、潜水艦を探す方法は、目視が基本だったのが、今では磁気探知機が安定して動くようになっており、目視以外にも頼れる存在になっている。
更に電探、レーダーを飛行船に搭載しようという話も出ている。
「戦時になると兵器が一度に進歩すると言うが、本当にあっという間に進歩するものだな」
富士中尉が独り言を言うと、それを聞きつけた山田兵曹長達も肯いた。
「それにしても、飛行船の威力は絶大ですな。今のところ、飛行船が空から護衛している間の商船の損害率は極めて低い」
山田兵曹長が、更に呟いた。
「商船団の上空から常時、見張られていてはな。ソ連潜水艦も安心して日本の商船を攻撃できないからな」
「確かに」
富士中尉と山田兵曹長は、そうやり取りをした。
「それに米国の本格参戦の影響もある。米陸軍が中国本土から満州に展開している以上、それへの補給を米国は行わざるを得ない。必然的に日本と協力してのソ連潜水艦狩りに力を米海軍も入れる訳だ」
「確かにそうですな」
富士中尉と山田兵曹長は更なるやり取りをした。
「お陰で、日本本土からグアムへの航路、また、日本本土からシンガポールへの航路については、常時、何らかの航空支援が付けられるような体制が構築されつつある。そうなるとソ連の潜水艦は、ますます行動範囲が狭まる訳だ。それに陸からの反撃も行われつつある。恐らく年内には、ソ連海軍太平洋艦隊の潜水艦部隊の根拠地は、全て潰せるのではないかな」
「楽観的な観測の気もしますが、本当にそうなればいいですな」
満州及び朝鮮半島では、日米満韓の陸空軍が協力しての大反攻が開始されている。
ハルピン及びウラジオストックが、日米満韓の陸軍の重砲の射程に完全に収められてしまえば、ソ連海軍の補給路の重要な部分が切断されることになり、また、ソ連海軍の根拠地が最早、ソ連艦隊の安住の地では無くなってしまう。
「我々は、それまで戦い抜き、勝利を収めればよい。後少し、頑張り抜こうではないか」
富士中尉は、山田兵曹長以下の部下達を鼓舞した。
部下達も明るい顔で肯いた。
富士中尉の視界に、共闘する96式飛行艇の姿が入った。
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