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第2章ー10

 最終的に夜間空襲対策用の軍用機は、川崎によって、二式複座戦闘機「屠龍」が完成し、この機体が電探を搭載するまで日本空軍としては満足のいくものが出来なかった、といっても良いだろう。

 もっとも、ある意味では優先度が低かったから、こんな扱いを受けたともいえる。

 この当時の日本空軍にしてみれば、既存機で何とかなるのなら何とかしたい、また、攻撃は最大の防御である以上、ソ連空軍基地を撃滅することによりソ連空軍の夜間空襲を止めさせようというのが、ソ連空軍の夜間空襲に対する態度だったのだ。


 そのためもあり、ソ連空軍の夜間空襲の目標になりかねない日本の都市では、防空訓練が度々行われた。

「まずは逃げて下さい。しかし、敵機が去った後、火災が小規模であったら、消火活動への市民の方々の全面的な協力をお願いします。今日は、そのための消火訓練です」

 横須賀市の担当者の説明を聞きつつ、村山幸恵は溜息をこっそり吐いた。


 消火訓練等、役に立つと自分には思えない。

 それとなく、料亭「北白川」に来る海兵隊の軍人に聞いてみる限り、焼夷弾による火災の威力は怖ろしいもので、専門の消防士でないと対処できない、と自分には思われるものだった。

 この点に関する意見につき、両親(父は養父)や夫と小声で話し合う限り、両親や夫の意見も大同小異で、焼夷弾によって引き起こされる火災は、専門の消防士に任せて、逃げるしかない、と皆が考えている。

 しかし。


「やはり、逃げるだけと言うのは」

「自分の身は自分でできる限り守るべきだ」

 顔見知りの近所の人の多くが、そう言いかわしており、自分に同意が求められたら、これも客商売の心得で、さりげなく無言で肯くしかない。


 実際問題として、火叩きとか、バケツによる消火の仕方とかが役に立つかだが。

 家の中でタバコの火を消し忘れたとか、子どもが火遊びをして畳まで燃え出したとか、というレベルの本当に小さな火事なら、自分も役立たないとは言わない。

 だが、焼夷弾がある程度、まとめて降ってくることによって発生した火災の場合、火叩きとか、バケツの水を掛けることとかで消えるものか。

 村山幸恵は、そんな冷笑した想いを抱いて、消火訓練に参加していた。


 結局のところ、空襲に遭ったら、まず避難という方針は、実際に空襲(の被害)に遭ったことの無い人にしてみれば、自分の財産等を捨てて逃げろと言われることであり、素直に受け入れがたいものだった。

 やはり、自分の財産を守りたいという想いがしてしまうのだ。

 これが実際に空襲に遭っていれば、そんなことは無理なことが予め実感できるのだが、そんな体験をした人は絶無と言って良く、更に焼夷弾の威力をニュース映画等で見せられても、そんなに威力があるとまで画面越しに想像できる人は少なかったのである。


 そうしたことから、米内光政首相以下の日本政府が、空襲に対して、まずは避難という方針を打ち出しても、一般の国民レベルでは中々受け入れられず、一般の国民の突き上げから地方自治体の防空訓練の際に、避難訓練と併せて消火訓練も行う例が多発することになるのである。


 不幸中の幸いだったのは、ソ連空軍の夜間空襲が散発的なものに止まり、日本の国民に多数の死傷者を出すような事態に至らなかったことだった。

 そうしたことから、第二次世界大戦後に、日本政府は国民の間でもっと消火訓練を行うべきだった、そうすれば国民の被害はもっと少なくて済んだ、という説が、素人の国民レベルのみならず、ある程度の知識を持った戦史研究家の間でも言われるという事態が引き起こされることになるのだが。

 こういった主張は、実際の焼夷弾の威力等から考える限り、無理がある話である。

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