プロローグ-4
「実際問題として、ソ連空軍の重爆撃機を用いた夜間空襲は日本に対する嫌がらせレベルではあるがな。しかし、それなりに被害が出ている以上、日本も無視はできない。しかも、開戦当初は帝都東京をほぼ単一目標のように狙っていたから迎撃するのも容易だった。だが、今は東京以外、京阪神や名古屋、北九州方面への夜間爆撃を試みるようになっている。陸のゲリラと似たような発想で、敵の守りの弱いところを突いてくる訳だ。こうなると、守る方が大変だ」
土方勇志伯爵は、若手士官に対して講義をするかのように、千恵子に話しかけた。
千恵子は、その言葉に肯いたが、更に想いを巡らさざるを得なかった。
確かに義祖父の言う通りだが、そのために横須賀にいる村山幸恵等の身は危険にさらされている。
実際の被害は出なかったが、神戸への夜間空襲までもが行われたのだ。
何れは横須賀にも空襲が行われるのではないか、と千恵子は懸念されてならなかった。
「それなら、ソ連空軍の重爆撃機の発進基地を叩けばいいのでは」
「それができるなら苦労はしない。韓国が非協力的だから難しいのだ。詳しいことは話せないがな」
千恵子の言葉にそう答えながら、土方伯爵は溜息を吐く思いをしていた。
土方伯爵は想いを巡らせた。
確かに韓国にしてみれば、自らの陸空軍を直接支援してくれる戦闘機や近接攻撃機が欲しい、というのはむしろ当然な話だ。
日本空軍の重爆撃機が韓国に展開し、ソ連の重爆撃機の発進基地を叩いても、韓国とソ連との戦争に直接の影響が出ない以上、後回しにしてくれ、と韓国政府、軍は言っている。
ちなみに、この点については、蒋介石率いる満州国政府、軍も大同小異の反応だった。
この満韓両国の反応は、自国のエゴと言えばエゴの話だが、確かに一理あるだけに日本も反論しづらい話ではあった。
「となると、夜間戦闘機の開発、量産を日本空軍は検討することになるでしょうね。更に言うなら、米英の重爆撃機部隊も独本土に対する空襲については、戦闘機の護衛が余り期待できない以上、夜間空襲を検討する筈では。こうなると、独空軍も夜間戦闘機の開発、量産を検討するでしょう」
千恵子は、東京女子高等師範学校を卒業したのではなく、陸軍士官学校か、海軍兵学校を卒業したかのようなことを言い、土方伯爵の目を細めさせた。
「本当にかなわんな。ソ連太平洋艦隊の潜水艦部隊との戦闘については、どのように分析する」
土方伯爵は、話を変えた。
「昨年末のウラジオストック軍港に対する日本海軍空母部隊の大空襲から、潮目が変わっています。米海軍が本格的に動きだしたこともあり、ソ連海軍太平洋艦隊の潜水艦部隊は、徐々に戦果を挙げられなくなりつつあります。ウラジオストック軍港とペトロパブロフスク・カムチャッキー軍港が、ソ連海軍の二大拠点ですが、この二つを占領すれば、ソ連海軍太平洋艦隊の潜水艦部隊の息の根は事実上止められることになるでしょう。そう言えば、米海兵隊の情報が入らなくなりましたね」
千恵子は、含み笑いをしながら言った。
「本当に米軍は秘密主義でな。わしの下には情報が入って来ない」
土方伯爵は韜晦したが、内心では千恵子の鋭さに舌を巻いた。
実は、米海兵隊は第二次世界大戦への米国参戦に伴い、大拡張されており、更に近々、前線への投入が計画されている。
千恵子の言葉は、米海兵隊に隠れた動きがあるのでは、と示唆するものだった。
千恵子レベルで米海兵隊の動きが察せられては、米海兵隊の機密保持に懸念を覚えてしまうな、と土方伯爵は深読みしたくなった。
更に話を変えよう。
土方伯爵は素早くそう考えた。
「南満州等における日米満韓連合軍対ソ連軍の戦線はどう考える」
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