第1章ー26
臆病者と部下からも蔑まされそうだが、土方勇少尉自身としては、最善と考える方策を講じることにした。
まず、自軍の側面に展開していると思料される敵の戦車部隊を全力をもって攻撃した後で、敵軍への正面攻撃を行うことを土方少尉は決断した。
こう考えたのには、土方少尉なりの考えがあった。
自軍の正面に展開しているのは、敵野砲兵と歩兵であり、積極的に攻撃に転じてくる可能性は低い。
一方、自軍の側面に展開しているのは、敵の戦車部隊であり、積極的な自軍への攻撃を策している筈だ。
それなら、敵軍の矛をまず折った上で、敵の盾を攻撃した方が合理的だろう。
土方少尉は、そう考えて、上層部に意見具申を行い、上層部はそれを認可した。
「初陣から間もないのに、さすがは土方家の血脈と言うべきかな。自分でもそう考えるな」
岸総司中尉は、(少し後で分かったことにはなるが)土方少尉の考えをベストと素直に判断して、内心でそう評価した。
「土方少尉と義兄弟になれて、本当に良かった」
母の忠子が、自分の内心を聞けば複雑な想いをすることを承知の上で、岸中尉は更に考えた。
土方少尉率いる戦車小隊は、第1海兵師団の最先鋒を務める海兵大隊と行動を共にしていた。
本来から言えば、戦車は集中して運用すべきである。
だが、日本海兵隊の師団は海兵師団のために、各海兵師団に1個大隊しか戦車が配備されていなかった。
更にアルデンヌ地方の地形は、戦車の集中運用に向いている地形か、と言われるならば、向いていない地形と日本の遣欧総軍司令部としては評価せざるを得なかった。
そう言ったことから、海兵大隊に1個戦車小隊を配置するような分散配置が行われていたのである。
とは言え、それはいざという時にある程度の集中運用まで妨げるものではなかった。
「それでは先陣を承ります」
あらためて戦車中隊編制を執った後、土方少尉は先頭を切って敵戦車部隊が潜んでいる方向へ向かった。
独軍の戦車部隊も、日本海兵隊の戦車部隊が接近してきたことに気づいたらしく、緊迫した気配がする。
お互いに先に発砲した側が、味方の精確な位置を暴露しかねないと発砲を躊躇うが、それは(実際には)ほんの僅かな間だった。
「敵戦車らしき影が正面のすぐ脇に見えます」
観察窓から外を見ていた操縦手が、土方少尉にそう報告する。
土方少尉は、ほんの少し躊躇ったが、敵戦車部隊をいぶり出そうと発砲を決断した。
「弾種は榴弾、敵戦車らしき影があるところに叩きこめ」
土方少尉の命を受けた砲手が主砲を撃ったのが、この方面における戦車戦の皮きりだった。
結果的にはほぼ正面からの撃ち合いに、この方面の日独の戦車戦は展開することになった。
こうなると戦車の質の差が、正面から現れてくる。
実際には、この時に土方少尉の搭乗した零式戦車と戦ったのは、独軍の最精鋭戦車と言えるⅢ号戦車とⅣ号戦車の混成部隊で50両近くがいた(行軍による損耗から正確な数字は不明)。
一方、土方少尉には同僚たちの乗る17両の仲間がいた。
数の差は約3倍近かったが、土方少尉は恐れることは無かったし、歩兵(海兵)の対戦車戦闘能力もこちらが優越していた。
岸中尉の耳に心地よい対戦車砲の砲声が聞こえた。
あの砲声は我が軍の47ミリ対戦車砲の音で、砲声から判断するに8門はあるようだ。
敵戦車隊が焦れて我が戦車隊に接近戦を挑めば、我が軍の対戦車砲の好餌になるだろうし、更に接近するならば、携帯式対戦車噴進弾等で自分達も攻撃するまでだ。
かと言って、遠距離での戦車戦では、零式戦車が敵戦車に対して圧倒的に優位に立てる。
岸中尉の考えは正しかった。
この戦闘で土方少尉が先陣を務める日本海兵隊は大勝利を収めた。
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