第1章ー19
「モーロン・ラベ」
独軍の軍使とレヴィンスキー将軍が面会した際に、レヴィンスキー将軍の傍にいたフランス軍士官は、意味がすぐには分からなかったので、独軍の軍使が去った後に自らが呟いて理解しようと努める羽目になった。
「古代ギリシャ語だ。テルモピュライの戦いの際に、直卒するのは300名余りのスパルタ兵、その他を併せても2400名に満たないギリシャ兵を率いていたにも関わらず、そこに攻撃を仕掛けようとするペルシャ軍は200万以上に達していた。それにも関わらず、スパルタ王レオニダス1世は、ペルシャ王からの投降勧告に対して、そのように答えた。「来りて取れ」という意味だ」
そのフランス軍士官が理解に苦しんでいるのに気が付いたレヴィンスキー将軍は、そのようにフランス軍士官に対して説明した。
「来りて取れ」
そのフランス軍士官は、自らそう呟いてその言葉を理解しようとしていたが。
その意味が頭にしみいるにつれ、半ば無意識の内にレヴィンスキー将軍に対して敬礼をしながら言った。
「その言葉に恥じ入らない行動を致します」
「いい返答だ」
レヴィンスキー将軍は、そのフランス軍士官に言った。
「その通りの行動をしようではないか」
「しかし、私だったら、五文字言葉で返したいところです」
「ワーテルローの戦いにおける老親衛隊のようにか。私はフランス人ではないので遠慮した。パットンならそう返答したろうな。いや、あいつはアメリカ人だから、ナッツ(馬鹿野郎)辺りかな」
「相手に対してきる啖呵としては、その方がいいのでは?」
「そうかもな」
ちなみに、五文字言葉とは、メルド(糞)というフランス語で、極めて下品とされることから、大抵は五文字言葉と暗喩されることが多い。
「それに、サムライがすぐに来てくれる。北京で義和団を破って、外交団を救ったようにな。サムライは約束を違えない」
「それまで固守してみせますか」
レヴィンスキー将軍とフランス軍士官は、そうやり取りをした。
「モーロン・ラベ、来りて取れ」
ルントシュテット将軍は、レヴィンスキー将軍の下から帰ってきた軍使が、上記のように報告したのに対して複雑な思いを呈さざるを得なかった。
「全力を尽くして戦った末が、自らの指揮下にある将兵の全滅を来したとしても、自らの本懐を果たした結果、と自分で言っているようなものだな」
ルントシュテット将軍は、そう自らが呟いて、想いを巡らさざるを得なかった。
「レヴィンスキー将軍は、決して投降勧告を受け入れまい」
「レヴィンスキー将軍め、畜生、カッコいいセリフを公言しやがって」
レヴィンスキー将軍率いるバストーニュ防衛軍に対する独軍の降伏勧告に対する、レヴィンスキー将軍の返答について、そう言いながらも、石原莞爾中将は笑いをこらえきれないようだった。
「パットンだったら、ナッツ、と言い返して終わりだろうに。畜生め、カッコいいセリフをあいつは知っていやがるものだな」
石原中将は、更に言葉を継いだ。
「お気持ちは分かりますが、この後、どうするおつもりですか」
本音を言えば、自分達にどんな無理難題が押し付けられるかもしれないので、聞きたくはない、だが、現況からすれば聞くしかない、と腹を括って、土方歳一大佐は、石原中将に尋ねた。
「うん。決まっているではないか」
石原中将の態度は明朗極まりないものだった。
「サムライ、海兵隊は総力を挙げてサン・ヴィットに急進する。かつて、義和団事件の際に北京城下に急行した時のように。斎藤閣下と柴閣下が感激の再会を果たせたように、我々はレヴィンスキー将軍を独軍の包囲下から救出して、再会を果たすのだ」
「確かに言われる通りですな」
土方大佐も納得した。
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