第1章ー16
そういった観点から考えるならば、この6月18日午前2時から行われた独第7装甲師団の夜襲は、お互いの考えのどちらの考えが勝つ方向に向かっていたのか、を示した結末であると言えた。
(なお、実際には独第7装甲師団以外に、バストーニュ攻略を目指していた独歩兵師団複数の部隊も、この夜襲作戦に参加している。)
「予想通り、やってくれたな」
小松宮輝久少将は、独軍の夜襲という報告を受けた瞬間に呟いた。
一応、仏第2軍所属の1個師団が、バストーニュに展開しており、防衛準備を予め進めてはいたが、日本海兵隊の到着により、バストーニュ防衛の前線における主力は日本海兵隊が担うことになっていた。
そのため、最前線では日独両軍の兵士が激突する事態が起こったのである。
岸総司中尉は、冷静に指示を下していた。
良くも悪くも実戦経験を中国戦線から積み重ねてきた身である。
この場にいる独軍の中少尉のほとんどよりも、岸中尉の実戦経験は豊富だった。
「冷静に対処しろ。擲弾筒と軽機関銃を組み合わせて、敵軍を迎撃するという基本を忘れるな」
岸中尉は、そのように指示を下した後、(わざと)思いついたように指示を付け加えた。
「敵の戦車はおもちゃだ。恐れるには足りない」
その言葉が聞こえて理解出来たなら、独軍戦車乗りの多くが激怒しつつ、内心では同意しただろう。
日本海兵隊の歩兵小隊レベルの対戦車戦闘は、当時としては瞠目するレベルだった。
「よしよし、この位置からあの戦車の側面を狙えば、零式戦車と言えど屠れるはずだ」
岸中尉の指揮下にある下士官、ある軍曹が呟いた。
「外すなよ」
「分かっています」
軍曹の指示に兵の一人が答えつつ、携帯式対戦車噴進弾の狙いを定めて射撃する。
その兵の射撃は至近弾止まりだったが、別の兵の噴進弾が命中して、目標の独戦車は炎上した。
ロンメル将軍が主導した装甲師団を中核とする夜襲戦術は、決して無意味だったわけではない。
相手が日本海兵隊以外なら紛れもなく有効と評価されていただろう。
だが、日本海兵隊は自らの戦訓から夜襲があり得る、いや、自分達なら戦車を使った夜襲を独軍はしてくると考えて準備を整えていた。
そのために効果が半減以下になるという結果を招いた。
激闘を繰り広げること2時間余り後、独軍は日本海兵隊の防衛戦の前に撤退のやむなきに至っていた。
夜が白々と明けていく中、日本海兵隊の窮地を把握した日米両軍の航空隊が支援に駆けつけつつある。
その一方で、独空軍の支援はバストーニュ以外に向けられつつある。
サン・ヴィット攻略やミューズ河を順調に渡河する方が重要だ、と独軍最上層部は考えている。
そのためにバストーニュに向けられる支援は、相対的に少ないものになっていた。
「あかんかったか」
6月18日昼前、ロンメル将軍は、夜襲によるバストーニュ攻略が失敗した結果、最早、バストーニュ攻略は不可能になりつつある、と判断して、そう呟いていた。
悪戦苦闘している独航空部隊からの報告によれば、日本海兵隊は続々とバストーニュを反攻の拠点として強化しつつある。
明日、6月19日には6個海兵師団の総力を挙げた反攻が開始されるだろう。
一方、こちらは。
「第7装甲師団に遺された稼働可能な戦車は、80両を切りました」
ロンメルの部下の一人である師団幕僚の声は力が無かった。
今、バストーニュ方面にいる独歩兵師団には戦車は1両も無い以上、この80両にも満たない戦車がこの場にいる独軍の全装甲戦力だった。
一方、日本海兵隊の戦車はあの恐るべき戦車で全て揃えられている。
量において4倍以上、質でも勝る敵に勝てるのか?
「勝てる訳がないなあ」
ロンメル将軍は、自嘲せざるを得なかった。
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