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エピローグー5

 そんなことが日本であったこと等、土方勇中尉にとっては全く分からないことだった。

 1940年12月31日、大みそかの土方中尉にしてみれば、義弟の岸総司大尉が、軍医の斉藤少尉の下を訪れていることが、最大の懸念事項だった。

 一応、1月4日で退院、即日、原隊復帰が、12月30日に決まったとはいえ、入院中で部隊から離れている現状では土方中尉は何もできない。

 それもあって、尚更、癇に障っているのかもしれないのだが。


「生後6か月になると、離乳食ですか。どんなものが良いのですか」

「そうですねえ」

 土方中尉の見舞いという口実で、岸大尉が訪れていることもあり、土方中尉の視界の中で、岸大尉と斉藤少尉が会話している。

 だが、2人の会話の主な内容は、というと。


 今年の9月に産まれた岸大尉の長男、岸優(きしまさる)についての話だった。

 いつの間にか、土方中尉は除け者にされ、岸優のことについて、2人で話し合っている。

 斉藤少尉も、本職である小児内科の話ができるのが嬉しいらしく、2人の話が弾んでいる。

 お互いに自覚していないのだろうが、子どもの発育相談に来た父と小児内科医の会話に、いつの間にか変わっている。

 いや、それどころか、土方中尉の見るところ、岸大尉が、子どもの岸優の相談を口実にして、斉藤少尉を口説きに来たような会話になっている。


 さすがにどうにも我慢できなくなった土方中尉は、思わず口を挟んだ。

「斉藤少尉は、確かに小児内科が専門ですが、実際に現場に立たれたのは1年では」

 それは暗に斉藤少尉の経験不足を指摘するものだった。


「何を言うのだ。その現場が、天下の名古屋帝国大学附属病院での小児内科医だぞ。1年でもすごいものではないか」

 土方中尉の意図を察した岸大尉が、すぐに斉藤少尉のフォローをした。

 土方中尉は、あらためて想った。

 これは岸大尉は自覚していないかもしれないが、完全に斉藤少尉に惚れているのではないか。

 そうでなければ、すぐにフォローに入るまい。


 岸大尉は、妻と死別しているのだから、そう目くじらを立てなくともいいかもしれないが、妻が亡くなって3月余りだ、それなのに他の女性に手を出すのか。

 これは千恵子に伝える必要がありそうだ。

 土方中尉が、そんなことを考えている内に、2人は別の話題に移っている。


「味噌汁を離乳食に飲ませても大丈夫ですか」

「ええ。最初の頃は上澄みでないとダメで、その後、少しずつ濃くしていきますが」

「別に味噌の種類は、どれでも」

「大丈夫ですよ。そう言えば、ここは従軍看護婦とも協力して、味噌を少しですが自家製造して、入院患者に提供しています。豆味噌なので、皆からは少し敬遠されているみたいですが」

「豆味噌ですか。我が家の味は、豆味噌です。豆味噌の味噌汁が飲みたくなった」

「何でしたら作りましょうか」

「それは有難い」


 2人とも無自覚なのか、ここが戦場後方の軍病院で、しかも終わりがまだまだ見えない第二次世界大戦の真っ最中なのを忘れそうな会話を2人は交わしている。

 女性に味噌汁を作ってくれ、どう考えても求婚の話にしか聞こえない。

 しかも、女性の方も自然と受け入れている。


 腹立ちの余り、土方中尉は布団を被って耳を塞ぎ、真面目な異母弟のアラン・ダヴー大尉の爪の垢を、岸大尉は煎じて飲むべきだ、とまで思いつつ、更に想いを巡らせた。

 そうはいっても、まだライン河の渡河を連合国軍は果たしただけだ、欧州方面、更に極東方面、第二次世界大戦の戦禍が止むのはいつになるだろうか。

 戦禍が止んだ時、自分の長女、和子や岸優は幾つになっているのだろう。

 そして、世界でどれだけの人が亡くなっているのだろう。

 土方大尉の物思いは膨らむ一方だった。

 岸優が産まれたのは、1940年の9月では、というツッコミがありそうですが、船便で日本とは軍事郵便のやり取りをするので、岸大尉が岸優の離乳食のことを書いた手紙が日本に届くのは、1941年3月頃の話になります。

 だから、それを見越して、岸大尉と斉藤少尉は、岸優の離乳食を話し合っているのです。


 それから、念のために書きますが、ダヴー大尉がスペインでやらかしたことを、土方中尉は全く知りません(だから、真面目な異母弟云々と土方中尉は想っています。)。


 これでエピローグは終わり、第10部を完結させます。


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