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エピローグー4

 千恵子は頭が回る方である。

 周囲の反応から、千恵子の父の実家が離散したのは、単純に誰が悪い、とは言えない状況なのを千恵子は察してしまっていた。

 簗瀬真琴少将自身は義憤に駆られて行動したのだろうが、それによってもたらされた結果を考えると、千恵子は物思いに耽らざるを得なかった。


 ともかく、その会見記事自体は、ある意味、凄絶な状況に中国本土が陥っていることを報じていた。

 中国本土だけでも、日本が中国内戦に介入して以来、大量の戦死者、戦病死者等の戦争による死者を続出させており、民間人も含めるならば、中国本土の戦争による死者の数は1億人に達していてもおかしくない、という簗瀬少将の推測を報じていたのだ。


 千恵子は、その会見記事の内容に、あらためて衝撃を受けざるを得なかった。

 千恵子自身、これまでの新聞記事、ラジオ報道等で自分が把握した情報を整理する限り、第二次世界大戦勃発以来、全世界で1億人近い戦争による死者が出ているのでは、と危惧していたが、中国本土だけで1億人に達するかもしれないとは。

 極東ソ連においても、民間人の間に餓死者、凍死者が出ているという情報が流れているのを、千恵子は知っている。

 この第二次世界大戦は、どれだけ民間人の死者を出させるのだろうか。

 千恵子は、昏い想いに囚われてしまった。


「いよいよ覚悟を決めないといけないようだ」

 林忠崇侯爵は、しみじみと土方勇志伯爵に言っていた。

「跡取りがいるとはいえ、血を分けた孫がいないので寂しい。お前の子が孫のように思える」


 土方伯爵は想いを巡らせた。

 林侯爵家については、林侯爵の養子の孫になる林忠昭が、次の林侯爵に内定している。

 確か、血縁的には林侯爵の従弟の孫にあたる筈で、林侯爵家廃絶の気遣いは無い。


 だが、林侯爵自身は、次女のミツしか長命している実子はいない(長女は夭折した。)。

 そして、ミツは実子に恵まれず、そのためもあり協議離婚をし、林侯爵と同居している。

(なお、林忠昭と林ミツの折り合い自体は悪くは無いのだが、色々気づまりなこともあり、林忠昭は別の所に妻子と居宅を構えている。)


 林侯爵が、寂しいと半ば愚痴るのも無理はない、改めて土方伯爵は想った。

 更に言うなら、幼くして父、土方歳三をなくした土方伯爵にとって、林侯爵は海兵隊における父代わりと言っても過言ではなかった。

 林侯爵の繰り言を聞いて、そんなことを土方伯爵は考えざるを得なかった。

 そして、2時間程、林侯爵と土方伯爵は日清戦争以来の双方の思い出話を交わした。


「済まなかったな。年寄り同士だけで長話をしてしまった」

「いえ。お気になさらず」

 2人切りの話が済んだ後、千恵子は、林侯爵と土方伯爵の会話の場に呼ばれて、林侯爵に謝罪された後、政治を始めに様々な話を、林侯爵から聞かされた。

 千恵子は、何も言わなかったが察した。

 これは林侯爵の遺言だ、私達はその遺言を聞かされるために呼ばれたのだ。


 林侯爵の話は、その日の内には終わらず、結局、土方伯爵と千恵子は、林侯爵邸に一泊した。

 そして、次の日の午前中まで話は掛かり、昼餉まで林侯爵邸で2人は食べた後で辞去することになった。


「年寄りの話で長引いて済まなかったな」

「いえ、色々とためになりました」

 林侯爵と千恵子は、別れ際に会話を交わしていた。

 2人はこれが今生の会話になるとお互いに察していた。

 猶、土方伯爵はいつの間にか沈黙してしまっている。

 千恵子は、何となくだが曽祖父と曾孫娘が、別れの会話を交わしているような錯覚にとらわれていた。


「歳一と勇によろしく伝えてくれ。わしの実の孫と実の曾孫のように二人を思っていたとな」

「はい。必ず伝えます」

 千恵子は思わず敬礼していた。

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