第5章ー25
「乾杯」
その言葉と共に宴が始まった。
もっとも、ささやかな宴とも中々呼べない代物だった。
だが、今日はフォアグラ等がどこかから調達され、特別に兵士にも配給されている。
1940年12月24日の夜、アラン・ダヴー大尉は、生き延びた部下達と共に、アーヘンの街においてクリスマスの特別料理に舌鼓をうっていた。
「これで酒がもっとあれば、文句なしですな」
「馬鹿モノ、戦場で酒をたくさん呑もうと考えるな。だが、気持ちは分かる」
ルイ・モニエール少尉の軽口を、ダヴー大尉は軽い口調でたしなめた。
その言葉を聞いた下士官兵の間に笑いの輪が出来た。
だが、その笑いに湿り気があるのに、多くの者が気づいていた。
ダヴー大尉が幾ら優秀な歩兵中隊長とはいえ、死傷者を出さずに戦うことはできない。
10月の初陣から今までに、ダヴー大尉の指揮下にいた約200人の歩兵中隊の隊員は、9人が戦死しており、また延べにして30名近くが重軽傷を負っていた。
そして、重軽傷者の4割近くは除隊を余儀なくされた。
1割近い戦友がいなくなったことで、多くの者が心に傷を負っていた。
それでも、他の歩兵中隊より損害は少なかった、ダヴー大尉のおかげだ、そう部下の多くが思っていた。
ダヴー大尉は、あらためて想った。
一人でも多くの部下を本国に生きて還らせねば。
何故なら、部下の多くがフランス人ではないのだから。
偽善者と言われようとも、祖国でもないフランスのために、そんなに死なせる訳には行かない。
同じ頃、岸総司大尉は、義兄の土方勇中尉を見舞っていた。
本来ならもう少し入院せねばならないのに、土方中尉が速やかに原隊復帰を希望しており、腕を吊った状態で退院しようとしているのを、小耳に挟んだことから、それを諫める為に見舞いに岸大尉は来ていた。
「気持ちは分かるが、いい加減にしろ」
開口一番に、岸大尉は土方中尉を一喝した。
「まず、身体を治せ。銃を撃てない状態で原隊復帰されては、部下達にとって迷惑だ」
続けての岸大尉の言葉に、土方中尉は言葉に詰まった。
「全く。もっと言ってやってください」
岸大尉の一喝が、病室の外まで聞こえたのだろう、岸大尉の背後から女性の声が聞こえた。
従軍看護婦か、と岸大尉が振り返ると、海兵隊軍医少尉の階級を帯びているのが分かった。
女性の軍医士官か、と岸大尉は想いを巡らせた。
「早く原隊復帰したいのは分かりますが、銃を撃てるようになってからだ、と私も指導しました。全く軍医の言うことに従うように、もっと言ってください」
その女性少尉は、更に言葉を継いだ。
岸大尉が、更によく見ると、まだうら若い。
自分とほぼ同年代、と岸大尉は見立てた。
「失礼だが、貴官の名は」
思わず、岸大尉は、その女性少尉の名を尋ねていた。
「斉藤です。一応、土方中尉の主治医ということになります。本来は小児内科の女性医師の言う事だから、と土方中尉が言って、私の指示する事を聞かないのです」
斉藤少尉は思わず愚痴った。
「だって、事実じゃないですか」
土方中尉が口を挟んだので、岸大尉は無言で土方中尉を睨み、斉藤少尉は溜息を吐いた。
「本当に名古屋帝国大学で予備軍医士官制度を活用するのではありませんでした。本職が小児内科だからと全く指示することを聞かない士官が多い」
「世界大戦勃発に伴い、予備役動員され軍医少尉任官ですか」
「ええ。海軍に入る予定でしたが、船酔いが酷いので、海兵隊に行けと言われました。欧州に派遣されるとは本当に予定外で」
「ほう」
岸大尉と斉藤少尉は、いつの間にか、土方中尉を放置して世間話を始めた。
土方中尉は思わず癇に障った。
岸大尉、妻が亡くなったのを知ってすぐに女性を口説くつもりですか。
第5章の終わりになります。
海兵隊の軍医士官制度や小児内科等、ツッコミどころ満載ですが、違う歴史が流れた結果という事で、どうか、お手柔らかに、ご意見、ご感想をお願いします。