第5章ー22
ルーデンドルフ鉄橋まで、11月12日の時点で、日本海兵隊は、最も近いところからでも40キロ近く離れたところにいた。
それにルーデンドルフ鉄橋以外にも、日本海兵隊が狙えそうなライン河の橋は幾つもあり、ルーデンドルフ鉄橋は、日本海兵隊からしてみれば近いとはいえ、最も近い橋ではなかった。
だからこそ、独軍は油断していたともいえる。
この時点で、独軍参謀本部は、日本海兵隊は、最初の独軍陣地の突破の為に損耗したことや、アーヘン救援任務に投入されている独軍の迎撃のために予備として拘置されている、と推測していた。
従って、アーヘンに赴くというのが、念頭にあったのである。
それに、ルーデンドルフ鉄橋にしても40キロ近く離れてもいる。
万が一、急に別の方面に向かう、具体的にはライン河渡河を奇襲により日本海兵隊が果たそうとしても、それに対処する時間は充分にあるとも考えていたのである。
だからこそ、日本海兵隊が総力を挙げて、ルーデンドルフ鉄橋を目指そうと図った際に、独軍は慌てることになってしまった。
「たった3時間ですか」
その話を聞いた瞬間、土方勇中尉は渋い顔を思わずしてしまった。
11月14日昼過ぎ、機密保持の観点もあり、翌日の日の出から3時間にわたる嵐のような砲爆撃の後、零式重戦車で編制された戦車部隊は臨時に集結した上で、全部で約300両余りの総力を挙げて、攻撃の先鋒に立つという命令が下ったのである。
命令自体は要約すれば簡潔極まりないものだった。
「総力を挙げ、全速力でルーデンドルフ鉄橋確保のために突進せよ」
確かに零式重戦車を先鋒に立てれば、独軍の対戦車砲等は恐れることは余りない。
しかし、だからといって充分な火力等の支援を与えられつつ突進せねば、堪ったものではない。
土方中尉としては、もう少し火力等の支援を仰ぎたい、と考えた。
もっともその命令を土方中尉に伝えた岡村徳長中佐は、別の情報も持っていた。
「確かに3時間だけの砲爆撃だ。しかし、ルーデンドルフ鉄橋まで40キロにわたる縦深攻撃を加える」
岡村中佐は、少し声を潜めて、土方中尉に伝えた。
その言葉に、土方中尉は息をのんでしまった。
土方中尉の理解する限り、本来の縦深攻撃は、数百キロ単位の縦深をもって、それこそ何十個師団も投入して大規模に行われるものである。
そういったことからすれば、今回の縦深攻撃は小規模なものといえば小規模なものだった。
更に今回は敵陣の突破を主目的としており、敵軍の大規模な包囲殲滅を主な目的とする縦深攻撃とはそういった点でも異なっているといえた。
だが、そうはいっても、この縦深攻撃が成功すれば、その配当は、ライン河の渡河に橋を確保した上で成功するというものであり、莫大なものになるのは事実だった。
そして、この縦深攻撃の成功可能性は、土方中尉が独自に検討する限り、それなりに高そうだった。
「分かりました。全力を尽くし、ルーデンドルフ鉄橋へ突進します」
土方中尉は決然と言った。
11月15日朝、ほぼ日の出と共に大規模な砲爆撃が始まった。
約3時間にわたる大規模な砲爆撃が終了し、独軍の混乱が収まらない中、日本海兵隊は零式重戦車部隊を先頭に立てルーデンドルフ鉄橋への突進を開始した。
「楔型の陣形を、できる限り維持しろ」
土方中尉は、指揮下の戦車小隊にそのように指示を出し、自らが先頭に立った。
楔型の陣形で突進することで、味方の戦車と敵の対戦車砲の距離を個別に変えられる。
そして、戦車を盾とすることで、味方の歩兵(海兵)を保護しつつ、突進できる。
独軍が砲爆撃による混乱から立ち直れていないこともあり、零式重戦車の部隊を先頭に日本海兵隊は迅速に突進した。
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