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ハッピーエンドはここじゃない  作者: 水月康介
2年次2学期 ―承前―
9/100

一波乱ありそう


 テストが終わるとクラスの話題は修学旅行一色に染まっていた。


 行き先は奈良と京都と大阪。

 寺社仏閣を回って見識を深め、純和風の町並みを歩いて歴史の流れに思いをはせる。そして最後に大都市ではしゃいで締め、というルートらしい。


「あー、修学旅行でいろいろとベタなことをやりてえなぁ」


 登校してきた赤木が、自分の席に座りながらそんなことを言う。

どうやら語り合いたいらしい。仕方がない、付き合ってやろう。


「枕投げとか?」

「消灯後に好きな子の名前を言い合うのは鉄板だろ」

「そこから告白大会の流れに?」

「テンション上がりすぎて女子の寝室に忍び込むところまでが様式美じゃねえの」

「様式を語るなら、これは外せないでしょ。寝室に男女でいるところに見回りの教師がやってきて――」

「――慌てて布団の中に隠れたら気になるあの子もそこにいた、だろ?」

「ベタだよね」

「ベタだよな」

「だけど現実にはなかなか起こらない。ベタというのは神話や昔話のように、誰もが知っているけれど、それゆえに遠いものだよ」

「だからこそ語られ続けるんじゃねえか」

「ちなみに僕は、気になるあの子と一緒に列車に乗り遅れる、ってやつがイベントとしては最上級だと思うんだけど」


 右も左もわからない土地での不安感と、非日常を共にすることで生まれる連帯感が、2人の距離を一気に縮める。そのハプニングがほかの生徒に知られてしまうことも高ポイントだ。下衆の勘繰りは、ときに二人の関係を既成事実化する。


「阿山お前……、やるじゃねえか」

「どういたしまして」

「やはりお前しかいないな」赤木は芝居がかったセリフを吐いた。「修学旅行の班決めだが、阿山、俺と組まないか」


「いいよ」僕は応じた。特に悩む理由はない。赤木なら割と気が合う方だ。


 クラスメイトの人間関係相関図があったとして、僕はおそらく枠の隅っこでどの勢力にも属していない、ぼっち扱いになるだろう。余り者になることも想定していたので、誘いは正直ありがたかった。


「でもなんで僕を」


 赤木は僕と違って交友関係が広い。マニアックなトークさえしなければ、どのグループにも混ざれる社交性の持ち主だ。


「だってよ、行き先はKYOTOキョウトだぜ?」


 赤木は顔を寄せて力のこもった声で言う。


「そうだね」

BAKUMATUバクマツだぜ?」

TOUBAKUトウバクに興味があるの?

「いや、俺は断然SINSENGUMIシンセングミだな」

「なんだ、SONNOUソンノウ派か……」

「おう、JYOUIジョウイなめたらあかんぜよ」

「そのセリフはむしろKAIENTAIカイエンタイかぶれじゃないかな」


 僕の指摘に、赤木はニヤリと笑った。手荒な真似をして済まなかったな。実はお前の力を試していたんだ。結果? ああ、もちろん合格さ。そんなことを言い出しそうな表情である。


「――つまり、そういうことだ」

「どういうこと」ホントどういうこと?

「こんなバカ話ができるやつは阿山くらいしかいねーんだよ」

「ああ……」


 得心がいった。誰がバカかと口から出かかったけれど、確かに、旅の道連れが話の合うやつであるに越したことはない。


「さて、それじゃあ残り3人か。誰か目星をつけてるやつは――」


 赤木はメンバー集めを進めようとするが、僕はふと気づく。こんな話をしていたら、だいたい横から割り込んでくるやつがいるじゃないか。


「おいキョウ」


 と声をかけて来たのは、想定していた明朗で少し鼻にかかる高音ではなく、ぶっきらぼうで野太い男子の声だった。


「どうしたの直路」と僕は声の主に応じる。


 進藤直路。

 繭墨が学校で一番有名な女子とすれば、直路は学校で一番有名な男子といえる。


 2年生にして野球部のエースピッチャー。その実力は本物で、夏のセンバツでは地区予選を突破、甲子園への出場を果たしていた。おかげで一時は芸能人みたいにモテていた。大してイケメンでもないはずだが、実績と将来性が彼を男前に見せていたのだろう。現状、僕はそのどちらも持ち合わせがない。モテたいなんて思っていないから、別にどうでもいいことだけど。


「いま話してただろ、修学旅行」

「うん」

「オレもお前らの班に入れてくれねーか?」

「そりゃ全然、かまわないけど」


 そんな風に僕たちが話を進めていると、


「待たれよ」と赤木が手のひらを突き出す。変なキャラ来た。「進藤どの、お主はBAKUMATU語り(トーク)についてこられ候?」


「あー、それなんだけどな、オレ、班行動、途中で抜けたいんだよ」


 進藤はノッてこなかった。


「なんだと?」赤木のキャラ付けも素に戻っている。「まさかお前さん……、よそのクラスに彼女がいるクチか?」


 修学旅行の班行動なんて、基本的にばらけるものだ。よそのクラスに気の合う友人や恋人がいる場合は特にそれが顕著になる。直路はうなずいた。


「ああ、そのクチだ」

「なるほどね。だから友達が少なくて、よそに漏らすことのなさそうな僕を同じ班に引き込もうとしたわけか」

「相変わらずネガいなお前は。んじゃ、よろしく頼むぜ」

 

 直路は自分の席へ戻っていった。


「となると、これで3人。あと2人か」


 僕と赤木は顔を見合わせる。

 3人までは順調に集まったが、問題はここからだ。


 班のメンバーは5人まで。2:3あるいは3:2の男女混成という決まりだ。


「なあ阿山、そのことなんだけどな」


 赤木がめずらしく遠慮がちに口を開こうとするが、


「おはよーキョウ君、と赤木君」


 という百代の無遠慮なあいさつにかき消されてしまう。


「ねえねえ、今日は修学旅行の班決めでしょ?」

「そうだね」

「あたしも混ぜてもらっていい?」

「いいよ、ねえ赤木」

「……ん、お、おう……」


 通信が込み合ってるみたいなぎこちない反応で、赤木は首を縦に振った。


「あとヒメも」

「ちょうど5人になるし、いいんじゃない」


 軽い口調での返事を心がける。願ってもない流れだったが、百代が同行することは少しばかり引っかかる。気が引けるというか、引け目を感じるというか。


 こちらの悩みをよそに、百代は『気を利かせちゃったよあたし』と得意げな顔を残し、ちょうど教室へ入ってきた繭墨に近づいていく。


「ヒメー、あたしたち、修学旅行はもちろん同じ班だよね、ね?」


 繭墨は歩きながら困惑の表情を浮かべつつ、ちらりと僕と目を合わせた。僕が小さくうなずくと、繭墨は顔をしかめ、「別にいいわ」と答えていた。


 班決めの前にメンバーが決まるなんて、ズッ友仲良しガールズのごとき結束力の強さである。びっくりだ。こんなこと初めて。


「――そういえば、何か話したそうにしてたけど」


 先ほど途切れてしまったやり取りを思い出して赤木に問いかけると、


「あー、いや、大丈夫だ、問題ない」

「そう? 班のメンバー勝手に決めちゃったけど、それも大丈夫だった?」


「ほかの連中はともかく」僕は声を落とす。「繭墨かいちょうと一緒だと、規則や何やらにうるさくて、ハメを外せなくなる気がするけど」


「構わんよ」


 赤木はパタパタと手を振った。

 ここはスルーしてやるのが友情なのかもしれないが、僕は素直に聞いてしまう。


「……もしかして、百代狙い?」


 赤木は目を剥いた。図星だったらしい。

 僕を誘えば百代もついてくる。そんな打算もあったのかもしれない。


 こいつが妙に百代のことを気にするようになったのは、文化祭の前後だったと記憶している。さり気なく目で追ったり、たびたび話題にしたり、近づいてきただけで身体が強張ったりと、わかりやすい反応をしていた。


「一緒にいたら楽しそうだなって、ちょっと思ってるだけだ」

「へえ」


 恥じらう赤木に若干の気持ち悪さを感じてしまう。


「っつーか阿山、お前マジで百代とは何もないのか?」


 明らかな照れ隠しの話題転換に、僕は軽い調子で応じる。

「ないよ」今は。


「でもよ、女子の方から同じ班にって誘ってくるとか、脈ありすぎだろ」


「恋の不整脈?」

「は?」

「ごめん聞き流して」

「お前はときどきクソつまらない冗談を言うよな」

「そこまで扱き下ろさなくても」


 僕は落ち込んだ表情を作ってみせる。

 クソつまらない冗談にも使い道はある。赤木の追及を誤魔化すことができた。


 ともあれ、高校生活の一大イベント、修学旅行の班構成はあれよあれよという間に決まってしまった。ある程度、気心の知れたメンバーなので、僕としては歓迎だった。過去にはちょっと複雑な事情もあった僕たちだが、まあ、現在では関係のないことだ。そのはずだ。


「どうした、妙な顔して」

「いや……、なんでもない」


 さきほど語り合った、修学旅行のお約束、ベタなお話。

 その中にあった告白を、赤木は実行するつもりなのだろうか。


『お前の心に黒船来航』

『俺が薩摩ならお前は長州』

『俺の女になってもええじゃないか』


 いろいろなタワゴトが思い浮かんだけれど、告白相手のことを考えると、口に出して茶化す気にはなれなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 そのあと、1限目を丸々使って修学旅行の話し合いが行われた。

 僕たちの班は事前の密約どおりのメンバーとなったものの、周囲からは少しばかり悪目立ちしてしまっていた。


 繭墨乙姫と進藤直路という、学校一の有名な男女がそろっているからだ。

 釣り合ってる。お似合い。その組み合わせで来たか――


 外野どもは明らかに、繭墨と直路をペアで扱っていた。

 その雰囲気はとても鬱陶しいもので、正直言って、反感しかない。


 付き合いを秘密にしている以上、この手の感情には慣れないといけない。

 それはわかっているし、今まではそれなりに上手に流してきたつもりだった。

 

 ただ、今回は相手が相手だ。

 高嶺の花の生徒会長と釣り合っていると、誰もが認める野球部エース。


 問題はその肩書だけじゃない。

 繭墨は以前、直路に好意を抱いていたのだ。その上、告白もしている。

 返事はうやむやのまま、繭墨はかれこれ1年近くも直路を想い続けていた。


 もっとも、その長恋慕は、直路に恋人ができたことによって、完全に終わりを告げたのだ。今さらこの二人がくっつくだなんて思っちゃいない。


 だから、話し合いの最中、繭墨の態度がいつもよりぎこちないように見えたけれど、それは僕の気のせいだ。何か原因があったとしても、それは班員構成とは無関係なのだ。


 百代がなかなかこちらと目を合わそうとしなかったが、それも僕の気のせいだ。一波乱ありそう、なんて面白がってはいないはずだ。


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