日帰りキャンプ計画
キャンプしようぜ宣言から数日後、赤木はようやく決意を固めたらしい。休み時間になると「俺はやるぜ……、気軽に誘うぜ……」などとブツブツ言いながら席を立った。
赤木が揉み手をしながら、乙姫たちの席へ近づいていく。まゆずみとももしろで、二人の席は縦並びになっているのだ。果たしてどうなることやら、と僕は赤木の斜め後ろから様子を見守ることにする。
「お二方、ちょっとお話よろしいでしょうか?」
赤木のぎこちない敬語に、乙姫と百代は会話を止めて顔を上げた。
「あのぅ、ゴールデンウイークのご予定などは、もうお決まりでしょうか……」
「特にありません」
乙姫はそう答えつつ、僕の方にちらりと目を向けた。もうすでにいろいろと察しているような視線だった。
「あたしもないよ、今のところは」
百代はきょとんとした顔で、なぜそんなことを聞いてくるのか、まだわかっていないようだ。
「じゃ、じゃあさ……」
赤木はせきばらいをし、自らの表情を確かめるように頬に手を当て、そして、ぐっと親指を立てた。
「きゃ、キャンプしようぜ!」
ああ、言ってしまった。
女子二人の反応はかんばしくない。乙姫の表情は授業中のように平坦。百代はきょとんとした顔はそのまま、くりっと首をかたむける。
「キャンプって、あのキャンプ? 河原でテント立てるキャンプ?」
「おお、そのキャンプだ」
「キャンプ……、若い男女が外泊……、野外の解放感……」
百代は身を守るように両腕を交差させ、椅子ごとずずずと後ずさりする。
「ち、違う、そういういかがわしいやつじゃねえから」
「そういうってどういうの」
「それは……」
赤木は口ごもってしまう。これは少し、予想外の展開である。百代は基本、ノリがよくて勢い任せなところがあるやつなので、こんなに抵抗するとは思ってなかった。そりゃまあ男女が外泊となると、色々考えるのはわからないでもないが。
「わたしはかまわないわよ」
と乙姫が助け舟を出した。
「……ヒメ?」と百代が悲しげな声を出す。
「か、会長……」と赤木が感極まった声を出す。
「ただし、その前にいくつか質問があります」
「はっ、なんでしょうか!」
釘を刺すような怜悧な口調に、赤木は反射的に背筋を伸ばした。
乙姫はすっと目を細め、口元を上げる。入隊したばかりの新兵をどうやってしごき倒してやろうかと考えている、嗜虐的な鬼軍曹の顔だった。しかし赤木は気づかない。何しろ今のこいつは新兵だ。ちょっと知識をかじって調子に乗って、自分はなんでもできると粋がっている、現実を知らない新兵なのだ。……そういえばキャンプという単語には軍隊生活という意味もあったな。
「まず、キャンプ地はどこにするのか決まっているのですか?」
「現地の最低気温がどのくらいになるかご存知ですか?」
「移動手段は確保できているのですか?」
「所持しているキャンプ用品を列挙してみてください」
「聞いただけでも明らかに不足していると思われるアイテムがいくつかありますが、それはどう補うつもりですか?」
「購入費用はどう捻出するのですか?」
「料理のメニューは想定していますか?」
「そもそもキャンプの経験は?」
いきなりの実弾演習だった。
乙姫の質問のひとつひとつが、赤木を容赦なく追い込んでいく。返事は少しずつ歯切れが悪くなるのに、質問の切れ味は増すばかり。
不祥事を起こした企業の記者会見みたいだった。あの手の会見が無様になるときというのは、しゃべったら不利になる後ろ暗いことを隠しているか、あるいは単純に準備が足りていないかのどちらかなのだろう。
明らかに後者の赤木が、やがて返事すらできなくなったころ、
「――もうやめてあげて!」
「むぐ」
百代が飛びつくようにして、乙姫の口を手でふさいだ。
「……なぜ止めるの。あまり乗り気じゃなかったのに」
「それは……、なんていうか、赤木君の狙いが露骨っていうか」
「まあ、確かに、そこはどうあっても言い訳できないわね」
「そういうのがなければ、別にキャンプもいいと思うけど。なんか楽しそうだし」
「そう……。それじゃあ、こうしましょうか」
女性陣のやり取りが終わると、乙姫はこちらを見上げて言った。
「一泊するというのはハードルが高そうなので、朝に出発して夕方には帰途につく、日帰りでのキャンプを提案します」
乙姫の改善案を少し考えてみる。
日帰りならば、まずテントという大荷物が必要なくなるし、朝晩の寒暖差に気をつけなくてもいい。トラブルの心配は大幅に改善される。あと、百代が抱いている貞操への不安も解消されるだろう。
マイナス点があるとすれば、夜の野外の雰囲気が味わえないことだが、初心者の僕たちがそこまで求めるのは分不相応というものだろう。
総合して、とても妥当な提案といえた。
「うん、いいと思う」
赤木が無反応だったので、僕が代わりに返事をする。
「ですよね。これなら親御さんが難色を示すこともないでしょう」
そう言われてハッとなる。親の承諾という点に関して、あまり考えていなかった。僕や乙姫のハードルが低いせいだ。それはお互い家庭事情が特殊だからであって、あまり一般的なものとして考えてはいけない。よくない慣れだ。
「それでは、赤木君は予定の変更を踏まえた日帰りキャンプ計画書を策定して、五日前までにデータで提出してください。特に、金銭面に関しては詳細にお願いしますね」
乙姫はにこりと笑顔を作るが、赤木は生ける屍のようにのろのろとした動作でうなずくだけだった。
放課後、計画書の策定の件で泣きつかれたのは言うまでもない。




