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ハッピーエンドはここじゃない  作者: 水月康介
2年次2学期11月
29/100

友達だから助けたい


――百代曜子視点――



 その日は朝からヒメの様子がおかしかった。


 ヒメは教室に来てからHRが始まるまでの間、いつも読書をしてるんだけど、今日は本を開いたまま、1ページもめくらなかったし。


 授業中はいつも真正面を向いて、先生からのどんな質問にも一瞬で答えるんだけど、今日は答えに詰まるどころか教科書すら開いてなくて謝ってたし。


 昼休みはいつもお手製のきれいな弁当を用意してるんだけど、今日はコンビニのサンドイッチとコーヒーの手抜きランチだったし。


「何かあったの?」って聞いてみても、

「大丈夫よ問題ないわ」って返されちゃう。


 こういうときのヒメは当社比2倍くらいで頑固になってるから、いくら聞いても答えてくれない。


 だからあたしは、ヒメをよく知る人物に話を聞くことにしたのでした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「ねえキョウ君、ヒメに何かしたの?」


 5限目は芸術の選択科目で、あたしとキョウ君は同じ美術を選択していた。その移動のタイミングであたしは、廊下をちんたら歩いていたキョウ君に追いついて肩を叩いた。


「ちょっとしたお願いをしたよ」


 近づいてくるのがあたしだとわかっていたのか、キョウ君は振り返りもせずに落ち着いた声で言う。


「ヒメがいっぱいいっぱいになっちゃうようなお願い?」


「いや……、多少は仕事を増やすことになるとは思ってたけど、想像以上に何か面倒なことがあったのかな」


「ふぅん、じゃあキョウ君も知らないんだ」


「頼んだのは昨日のことだから。それでこんなに悩むところまで来てるなんて、さすがは繭墨、仕事が早い」


「彼女にだけ働かせて自分は高みの見物なんて……、キョウ君ヒモなの? ヒモになっちゃうの?」


「大丈夫。仮にヒモになったとしても家事はちゃんとやるから」

「うわぁ……」


 何が大丈夫なのかはさっぱりわかんないけど、キョウ君は穏やかな顔でうなずいた。でも、そういえばヒメも、キョウ君のいいところで「家事ができること」って言ってたし、まさかお互いそういうことまで話し合ってOKしてるのかな。……考えてるとなんか切なくなってきた。


「だめだよ百代、家事というのは立派な勤労行為なんだ。そのあたりの評価がいい加減だったことが近年の熟年離婚の一因になっているってクロ現とかでやってた気がする」


 あたしの浮かない表情をどう思ったのか、キョウ君は説教くさいことを言う。


「キョウ君の人生設計とかどうでもいいから、ヒメの方は大丈夫なの?」

「今はあまり校内で会わないようにしてるから。あとで様子を聞いてみるよ」

「ふぅん」


 あたしはちょっとだけ距離を詰めて、上目遣いにキョウ君を見つめた。


「何」

「なんか、今までより余裕があるなぁと思って」

「そう?」


 キョウ君は首をかしげる。けっこう意識させるつもりで近づいたのに、ぜんぜん落ち着いていた。あたしに限らず、キョウ君は女の子との距離が近くなると、ちょっと身体をこわばらせたり、自分の方から遠ざかるような――逃げるような動きをすることが多かったのに。


 あたしの〝余裕がある〟という感想を、キョウ君はヒメに対してのことだと誤解したのか、


「まあ、昨日の今日でそんな大事おおごとにはならないだろうし」


 なんてすっとぼけたことを言っている。

 そっか、彼女とイチャイチャ過ごしてるから、あたしごときが近づいてもなんとも思わないってこと? そっかぁ……。


 彼女以外の女の子が近づいても変に意識しないのは、きっと健全で、キョウ君らしい誠実なことで。不満に思うあたしの方がおかしいってわかっているのに、どうしてもつい、廊下を歩く足取りが荒っぽくなってしまう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 さすが繭墨、仕事が早い。そう言ったのはキョウ君だ。ヒメの仕事と言えば生徒会のことしかない。あたしは放課後になるとすぐに教室を出て、生徒会室へ行こうとしている遠藤さんを見つけて声をかけた。


 教室の開いた席に向かい合って座ると、会長補佐の遠藤さんは顔をかたむける。ゆるふわウェーブのやわらかそうな髪の毛がゆれた。


「それでぇ、話って?」

「ヒメが――じゃなくって、生徒会長がすごく忙しそうにしてるんだけど、何かあったのかなと思って」

「会長はなんて言ってるの?」

「大丈夫よ問題ないわ、って」

「そっかぁ。この件は今のところ、これ以上進めようがないと思うんだけど……、会長、頑張っちゃってるのねぇ」


 と遠藤さんは頬に手を当ててしみじみと言う。


「進めようがない?」


 反射的に出た声は思ってたよりも大きかった。

 ヒメが学校であんなに取り繕えないくらい忙しそうにしてるのに、それでも進められない、つまり解決できない問題があるっていうのが、あたしには驚きだった。


「ああ、これって単なる時期的な問題なの。対策じたいはもう出来てて、あとは実行するだけっていう状態なんだけど、学校側が忙しいからもうちょっとあとで、って言われてるだけだから」


「あ、なんだ、そういうことかぁ」


 遠藤さんの説明を聞いてちょっと安心した。ヒメが置かれている状況は、クリスマスにケーキを作りたくて、材料も場所も全部用意してるんだけど、実際に作るのは当日じゃないとできない、っていうようなものみたい。ぜんぜん焦る必要はなさそうだった。


 そうやって納得すると、今度は別の疑問が浮かんでくる。


「……あれ? でもそれじゃ、なんでヒメはまだ何かしようと思ってるんだろ」

「あ、そっか。生徒会側の提案ってこれなんだけどね」


 遠藤さんは学校指定のかばんをガサゴソやって、1枚のプリントを取り出した。


「修学旅行中の自由行動に関する取り決めについての提案……」


 そのタイトルを読んだだけで、ヒメの気持ちがわかった。

 ああ、そういうことだったんだ。


 ルールを破ったことを謝るだけじゃなくて、せめて後輩たちが後ろめたく思わずに自由行動ができるように、修学旅行のルールを変えるつもりなんだ。頑固っていうか律儀っていうか、ヒメらしいなって思う。


「ヒメって結構、気にしてたんだね」

「最初はそこまででもなかったんだけどねぇ」


 遠藤さんがにこりと、何かを思い出したみたいな笑い方をする。


「昨日になっていきなりこれじゃダメだって言いだしてぇ、それであたしも梓もピンと来たの。あーこれは彼氏さんの影響ですねって」


 もちろん会長はノーコメントを貫いてたけど。そう言って遠藤さんはまたクスリと小さく笑う。


 キョウ君のお願いってそれだったんだ。仕事を増やしちゃったっていう話とも合うし。だけど、今できることは片づけたのに、これ以上なにを焦ってるんだろ。


「実はね、ちょっと変な投書があったの。生徒会長辞任しろー、みたいな内容。イタズラみたいなものだったし、気にしてないんだけどね」


「ふーん」


「でもそれがあるから、この提案書が宙ぶらりんで話が進まないことが嫌なのかも。ほら、会長って負けず嫌いなところ、あるでしょ」


「あるある」


 と笑いつつ、ちょっと違和感。ヒメは負けず嫌いだけど、そんな軽い相手に本気になるのかなぁ、って不思議に思う。


 でもそれは後の話ではっきりした。


「それで、実際に学校側と話し合いができるのって、いつくらいになるの?」

「2月の下旬のぉ……、ほら、生徒総会よ」


 そんなのあったっけ、と思いつつもうなずこうとして、そこで気づいた。


「それだよ、ヒメが焦ってるのって。だって、2月下旬なんて遠すぎるもん」

「そう? それは確かに長いとは思うけどぉ」

「時間だけの問題じゃないよ」


 問題が落ち着くまで学校ではあまりヒメに近づかないようにする、ってキョウ君は言ってたけど、それは投書の相手を刺激しないようにするためなんだと思う。


「学校側と話し合いをして、問題を片付けない限り、ヒメは学校でキョウ君とイチャイチャできないから。だからあんなに余裕がなかったんだよ」


「イチャイチャ……?」


 そんな会長はさすがに想像できない、って顔をする遠藤さんに、あたしは説明を続ける。


「それに、12月はクリスマスだし、2月はバレンタインだし。そのノリを学校では楽しめなくなるってことだもん。間違いないよ。だって、ヒメって実はイベントごと大好きだもん。大勢でワイワイやるのが嫌いなだけで」


 あたしの名推理に、遠藤さんはぽかんとしてたけど、すぐに顔を伏せた。「一理あるかも」そう言って肩をプルプルさせる。


「あのお堅い会長が、そんなに変わっちゃうのねぇ」


 しばらくして笑いが収まると、遠藤さんは顔を上げて窓の方を向いた。


 その横顔は、ヒメの変化を面白がってるような、うらやましがってるような。

 あと、その〝うらやましい〟っていう気持ちも、恋愛してることだけじゃなくて、その相手のことまで意識してるような、そんな表情に見えた。


「……もしかして、キョウ君に投票した?」


 だからあたしはポロっとそんなことを聞いていた。

 知らない人には全くわからない質問で、なんの根拠もない思いつきの質問。


 そんな質問に、遠藤さんはぎょっとしてすごい勢いでこっちを向いたから、その反応がもう十分すぎるほどの答えだった。


 ウチの学校では、文化祭に合わせて学校非公認でミスコン・ミスターコンをやっている。今年度の女子の1位はヒメで、男子の1位は進藤君で、そして、なんと意外や意外、キョウ君も15位タイにランクインしていた。票数はたった3票だからそんな大したことじゃないんだけど。


 問題は誰がキョウ君に票を入れたのかってこと。

 あたしとヒメと――ただしヒメは何度聞いても「私は白票です」って否定したけど――、それがホントだとしても、少なくとも1票は謎の人物がいることになる。それは誰なのか、頭の片隅でずっと気になっていた。


「……会長から聞いた?」


 遠藤さんはこっちにそっと顔を近づけて小声で聞いてくる。


「んーん」


 あたしはぶんぶんと首を左右に振った。

 しばらく向かい合って無言で見つめ合っていると、遠藤さんの方からそっと目を逸らした。耳が真っ赤だった。


「ちょっと、その……、軽い気持ちで、ね?」

「ふーん」

「あ、阿山君に意外と票が入ってたら会長が動揺して面白い反応をしてくれるんじゃないかなっていうちょっとしたイタズラ心だったの、ホントよ?」


 今は遠藤さんの動揺が面白かった。いつもの2倍速くらいの早口だし、身振り手振りがアメリカ人みたいに激しいし。


「ほら、阿山君みたいな人なら偉ぶらないし、こっちが主導権握れそうだし、その割にそれなりに頼りになるところも無きにしもあらずというか――」


 そんな風に、なんかわけのわからない言い訳をしていた。

 ……ううん、あたしにはよくわかる理由だった。


「百代さん」

 それがやっと落ち着くと、遠藤さんは、ずい、と身を乗り出してくる。

「今日のことは、会長はもちろん、梓にも――副会長にも言わないでね」


「え? う、うん、いいけど……」

「絶対よ? こんなこと知られたら一生からかわれちゃう。いままで彼氏のこととか思いっきり弄り倒してきたから」


 ずっと恥ずかしがってる遠藤さんを横目に、あたしは、一生って言葉が当たり前に出てくる友達がいるっていいなー、とどこか外れた感想を抱いていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 遠藤さんと別れた後、もらったプリントを読みながら考えていた。


 ヒメが困っていることなら、助けてあげたいと思う。ヒメは大丈夫としか言わなかったし、生徒会の問題だから助けなんて求めてないのかもしれないけど。


 それでも、友達だから助けたい。


 その理由は誰に文句を言われることもない、まったく正しいことだと思っていたので、あたしはあたしなりに、できることを考えていた。


 だけど同時に、大事なことを忘れていた。

 友達にもいろんな種類があるってこと。


 男友達、女友達。

 対等な友達、上下がある友達。

 部活だけの友達、教室だけの友達。

 面倒を見てあげる友達、面倒をかけてしまう友達。

 同じ人を好きになってしまった友達、好きな人を取ってしまった友達。


 だから、助けたい理由にもいろんな種類があって当然なのに。


〝友達だから〟で片づけてしまうあたしは、一番星みたいにわかりやすいその理由をまっすぐに見つめることで、自分の足元に広がるドロドロしたものから目を逸らしてるだけだった。


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