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ハッピーエンドはここじゃない  作者: 水月康介
2年次2学期 ―承前―
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せっかくの休日なのに 上


 阿山:どこかに出かけない?

 繭墨:文化祭の残務処理で多忙を極めるので無理です。




 ベッドに寝ころんだままメッセージを読み返してため息をつく。

 昨日の告白とその返事は果たして現実だったのかと、自分の記憶を疑いたくなるような返事だ。


 繭墨乙姫の性格を一言で表すならば、『面倒くさい』に尽きる。


 付き合い始めてまだ24時間も経っていない、最初の休日だというのに、こんな容赦のない返事を送ってくることからも、そこはご理解いただけると思う。


 しかし、面倒くさいというのは言い換えれば、素直ではなく、ひねくれている、ということだ。そんな彼女のメッセージを、文面どおりに受け取ってはいけない。


 暗号というほどのものでもない。

 もう一度、繭墨からのメッセージを読み返す。

 そして十数秒ほど沈思黙考してから立ち上がる。

 苦笑いを浮かべていたかもしれない。


 せっかくの休日なのに、僕は学校の制服に袖をとおした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 案の定、繭墨は生徒会室でデスクワークにいそしんでいた、


 思わせぶりなメッセージの送り主は、ノートパソコンを開いて軽快にブラインドタッチをしつつ、ときおり書類の束をパラパラとめくっている。


 長いストレートの黒髪と、凛とした顔立ち、それに紅色の縁のメガネというアクセントのせいか、若くして昇進した女性役員、あるいは社長秘書のような印象を受ける。ただ座っているだけの姿が、すさまじく絵になっていた。


 とはいえ、座っているのはただのパイプ椅子である。伯鳴高校ウチの生徒会は、マンガに出てくるそれのように、妙に権力が強かったり、生徒会室が豪華だったりするわけではない。ごく一般的な生徒による自治組織であり、その部屋も簡素なものだ。折り畳み式の長机がコの字型に並んでいて、その上座が繭墨の定位置となっている。


「どうしたんですか阿山君、せっかくの休日なのに」


 繭墨の言葉は素っ気なかった。

 休日の学校にわざわざやってきた、付き合い始めの彼氏に対するセリフとは思えない。


 なんの用か、という問いの答えを待っているのか、じっとこちらを見つめてくる。


『文化祭の残務処理で多忙を極めるので無理です』


 この短いメッセージの中に、繭墨は多くの情報を隠していた。


 繭墨は本来、この手の作業を自分だけで抱え込んでしまうタイプだ。そして、疲れたとか忙しいなどというアピールもしない。むしろ可能な限り隠そうとする。


 それなのにメッセージでは、〝多忙〟を〝極めている〟とまで強調していた。


 業務が山積みだという現状を、正直に明かしているのだ。

 弱みを見せたがらない繭墨の性格からは考えにくいことだった。


 繭墨らしくないこのメッセージ自体に、文面とは別の意図が込められていると見るべきだ。


 文化祭の残務処理ということは、休日にもかかわらず生徒会室で作業をしているのだろう。休日登校なんていう社畜じみた行動に、ほかの生徒会メンバーを巻き込むことは考えにくい。


 つまり、繭墨は生徒会室に一人きりということだ。

 それらを考慮に入れて、短いメッセージを彼女の本音へと翻訳していく。


 わたしは今、生徒会室に来ています。

 文化祭の残務処理でとても忙しいです。

 ですが、休日にほかのメンバーを来させるなんて非情な指示は出せません。

 ゆえに一人で作業をしています。

 部外者のあなたに手伝えとは言いませんが……、

 でも、今なら密室で二人きりになるチャンスですよ。

 あなたが切望するデートの代わりに、生徒会室で一緒に過ごしませんか。


 ――とまあ、こんな感じだろう。

 僕の願望が多分に含まれてはいるものの、そこまで外れてはいないはず。


 これが、せっかくの休日なのに生徒会室へやってくるに至った思考のすべてだ。


 もちろんそれを自慢げに語ったりはしない。

 繭墨の隣に立つ以上、この程度のことは察して当然なのだ。


「屁理屈ぬきで言うと、繭墨の手助けがしたかったんだよ」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「あれ素直な返事」

「わたしだって恋人の前でくらい素直になります」

「おおぅ……」


 想定外の返事に驚いて変な声が出た。

 それと同時に、頬が熱くなるのを感じる。首筋には汗。


 よかった、やっぱり昨日の告白は僕の妄想ではなかったし、きちんと受け入れられていたんだな……、と些細なことで感動してしまう。


「じゃあこれ、お願いしますね」


 繭墨は書類の束を僕の目の前に置いた。ズンッ、と重量感のある音が響いた。


「何これ」


「文化祭前半で出された、実行委員への要望や苦情です。書面だけではなく、SNS上でのつぶやきや、小耳にはさんだ雑談ていどのものも、可能なかぎり集めています」


「へえ」

「取りまとめをお願いします」


 零細企業の社長令嬢と婚約したとたんに、身内だから遠慮はいらぬとばかりにこき使われる入り婿みたいな扱いだった。僕はしぶしぶ、書類の束に手を伸ばした。

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