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ハッピーエンドはここじゃない  作者: 水月康介
2年次2学期 ―修学旅行―
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少しばかり不純な笑顔


 京都での1日目が終わった。

 しかし残念ながら、旅館に戻ればあとはのんびり、とはいかない。


 修〝学〟旅行と銘打たれていることの、ささやかな理由付けなのだろうか。夕食の前に、その日1日のレポート作成という実に面倒くさい作業が待ち構えていた。


 しかもこのレポート、スマホ片手に情報を仕入れて適当に済ませればいいという、お気楽な代物ではないのだ。


 伯鳴高校の修学旅行は、かなり自由度が高い。京都では二日間にわたって班単位での自由行動ができるという放任ぶりだ。その反面、いい加減なレポートを上げてきた班に対しては、教師の監視の目が強化されてしまう。


 レベル1、素行調査のために証拠写真を要求される。

 レベル2、1時間おきに様子を尋ねる電話がかかってくる。

 レベル3、大きな班員が追加される(最終手段)、などだ。


 翌日のことを考えると、ここで手を抜くことはできなかった。


「明日の自由行動、繭墨と二人になりたいんだ」


 レポート作成を片付けて夕食と入浴を終えた、就寝前の大部屋で。

 僕は直路と赤木を呼び寄せて、そう切り出した。


 ほかの班の連中は入浴のローテーションの関係で不在。ここにいるのは僕たち3人だけだ。入口に背を向けて、部屋の隅で顔を寄せ合っている。


「大きく出たな。あんな気まずそうだったのに大丈夫なのか?」


 心配そうなのは言葉だけ、ニヤニヤ笑いを浮かべて赤木が言う。


「だからこそ、こっちから動いて手を打ちたいんだよ」


 交際を隠している手前、修学旅行前は二人きりで回ることをあきらめていた。


 いや、あきらめるなんて大げさな感情じゃない。僕も繭墨も、最初から二人でいることにそこまで積極的ではなかったのだ。わざわざ同級生の目のある状況ではしゃがなくてもいいだろう、と冷静を気取っていた。


 でも、今は違う。

 ぶっちゃけイチャイチャしたい。


「つまり、オレらは邪魔だと」

「有り体に言えばそうなるね」


「潔いな。オレと百代で二人きりになれる、なんておためごかしを使わないところも含めて。その欲望に応えてやりたいところだが……、悪いが無理だ」


 赤木は申し訳なさそうに首を振った。

 断られるとは思わなかった。


 だってこいつは大浴場で、『身体は隅々まで丁寧に洗っておけよ』だとか『例のモノは持ってるのか? ドラッグストアの場所を教えてやろうか?』などと猥談に花を咲かせていたのだ。そのノリを思えば、二つ返事で引き受けて当然と考えていたのに。


「班行動を破るなんて、そんなルール違反、できるわけないだろう」

「どうしたの赤木。まるっきり言ってることが違う」

「我々は生徒会長繭墨様の班に所属しているんだぜ」

「繭墨に弱みでも握られたの?」

「そんなことはないぞ。会長万歳だ」


 駄目だ。繭墨に何かされたのだろう。

 僕は赤木との交渉を諦めて、次に直路に語り掛ける。


「話した通りなんだけど」

「そうか。悪いが俺も協力はできないぞ」

「どうして」


 またしても意外な返事だった。

 直路が僕たちの班に入ったのは、よそのクラスの彼女と合流するのに、班員が事情を知っている者で固まっている方が何かと都合がいいから、という下世話な理由だったはずだ。


「直路は明日、班を抜けて彼女と一緒に行動すると思ってたけど」


「そのつもりだったんだけどな」直路は頭をかいた。「明日も班行動だからって繭墨にクギ刺されたのと、彼女むこうのクラス、なんか担任が気合入れて見張ってるらしくて、班行動を破るのが難しそうなんだと」


「そっか。じゃあ仕方ないね」


 僕は男子二人の助力をあきらめた。


 こうなったら直談判である。

 スマホのメッセージアプリで、繭墨に直接連絡をした。それを直談判と言っていいのかはわからないが。



   阿山 > 明日、班行動を抜けて、二人で回りませんか



 返ってきたのは僕宛てではなく、班内の連絡用グループメッセージだった。



   繭墨 > 明日は九時半に、伏見稲荷大社の大鳥居に集合です

        みなさん遅れないように



 既読スルーよりひでぇよ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日の朝も快晴だった。

 旅館を出て空を仰ぐ。

 水色の空をバックに、白い絵の具を流したような雲がうっすらと横切っている。


「最高の行楽日和じゃないか」と赤木が言い、

「旅行より身体を動かしたいな俺は」と直路が言う。


「どっちにしても、明るく楽しくやりたいよな」

「ああ、そのとおりだ」


 二人はうなずき合って僕の左右に立ち、スクラムを組むように腕を絡めてくる。


「何」


「露骨に不景気なツラをしたところで、繭墨は構っちゃくれないぜ」


 赤木がかなり痛いところを突いてくる。

 僕はノーコメントを通す。


「笑う門にはなんとやらっつーだろ、とりあえず笑ってろよ」


 と普段から表情の変化が乏しい直路がそんなことを言う。


「……何、精神論?」

「いや、もっと具体的っつーか、現実的な話だよ」

「現実的」

「そして野球の話でもある」

「へえ」


「ピッチャーが三振を取るつもりで投げてくるボールってあるだろ。それをファウルで粘ってると、相手の反応は大まかに2種類にわかれる」


「露骨に嫌がるか、平然としてるか、ってところ?」


「ああ。顔をしかめたり、やたらとランナーを気にするようなやつだと、そのうち甘い球が来ることが多い。でも、平然としてるピッチャーはなかなか崩れたりしない。あと、めったにいないんだけどな、そこで不敵な笑みを返してくるようなやつだと、さらに球速が上がったり、もっときわどいコースを狙ってきたりする」


「つまり?」


「空元気とか、ポーカーフェイスとか、そういうのも案外バカにできないってことだ。相手をだましてビビらせたり、自分をだまして気を引き締めたりな」


「へえ……」一理ある直路の話に、思わず感心してしまう。「……でもそれって、主に戦いにおいての話だよね」


「お前らの付き合いもどこか対決じみたところを感じるんだけどな、俺は」


「わかる」と赤木もうなずく。「あと見た目。不機嫌そうな顔ってだいたい不細工に見えるだろ。マジモンの美少女かイケメンじゃない限りは」


「それは、まあ、確かに。繭墨の不機嫌顔は、氷のように冷たくて鋭くて、そして綺麗だからね……」


「何言ってるんだお前」

「重症だぜ、こいつぁ……」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 京都2日目の最初の目的地である伏見稲荷大社に到着した。


 待ち合わせ場所に指定されていたのは入って二つ目の大鳥居だ。

 付近には人待ちや写真撮影中と思しき観光客も多いが、繭墨や百代の姿は見当たらない。所用で別行動らしいが、どこへ行っているのだろう。


 あと十数メートルという辺りで、鳥居の足元に着物姿の女性がたたずんでいるのに気づく。


 結い上げた髪は漆黒。

 薄紅の生地に群青の帯が映える。

 立ち姿は竹のようにしなやかだ。

 伏し目がちの細面に、僕は幽玄という言葉の意味を理解する。


 日本和服美人コンテストの類を開催しようとする人がいたら、きっと僕はそいつを止めただろう。お待ちなさい、そのようなコンテストは茶番ですよ、ここにもうチャンピオンがいるじゃありませんか、と。


 それほどまでに圧倒的な和服美人はよく見たら繭墨だった。


 僕はキツネにつままれたような顔をしていたと思う。稲荷だけに。


 和服美人バージョンの繭墨は、ゆったりとした動作でこちらを向いた。メガネを外しているせいなのか、焦点の合わない虚ろな目をしていて、それがまた浮世離れした雰囲気を醸し出している。


 繭墨は巾着袋からメガネを取り出して、たおやかな仕草でそれをかけた。

 視線が絡んで目が合うと、微笑みを返してくる。


 傍目には、それはとても自然な笑顔だったろう。

 他人の目には、さぞ純粋で優美な笑顔に見えたことだろう。


 だけど、僕にはわかる。


 計画成功、してやったり――

 そんな優悦が含まれた、少しばかり不純な笑顔だということが。

 つまりは、この上なく、繭墨らしい笑顔だってことが。


班内連絡用メッセージ(阿山君を除く)


繭墨 > 明日は班単位ではなく、完全な自由行動を提案します。

     進藤君は他のクラスの彼女さんのところへ行けますし、

     赤木君は国際漫画ミュージアムに1日じゅう入り浸ることもできます。


赤木 > オレってそういうキャラになってんの?


百代 > ヒメはどうするの?


繭墨 > 阿山君と二人で回ります。


百代 > わお


赤木 > ひゅーひゅー


進藤 > キョウは知ってるのかそれ


繭墨 > いいえ、当日のギリギリまで伏せておきます。


赤木 > ドッキリにするのか。それっぽいシナリオを考えないとな。


繭墨 > それともう一つ、仕掛けを考えているので、ご協力をお願いします。

     伏見稲荷大社までは班行動という体にしておけば発覚しにくいでしょう。


進藤 > そこから別行動なんだな


繭墨 > はい。阿山君の隙を突いて、皆さんいつの間にかいなくなっている、という

     流れでお願いします。


百代 > 隙を突くってどゆこと?


繭墨 > 皆さんに達人めいた動きを要求するものではありません。

     現地に着けば、阿山君は誰でもわかるくらい隙だらけになりますから。

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