もっと楽しまないといけないのに
――百代曜子視点――
昨日の東大寺見学のときにキョウ君から距離を置かれてたことくらい、あたしだって気づいてる。わからないのは、その理由だ。
やっぱり、ヒメとイチャつきたいから、ほかの女に構ってるヒマはないぜ、ってことなのかな。
それとも……、まさかとは思うけど、ヒメに言われたとか?
ほかの女子と口をきかないでください――なんて、束縛するようなことを。
もしそうだとしたら、あたしだけ蚊帳の外にされることは悲しいけど、ちょっとだけ面白いな、とも思う。
いつもクールな、あのヒメの仮面が外れかけてるってことだから。
恋愛なんて興味ないぜ、って感じだったあの二人が、他人の目も気にせずイチャついてるところが見れるかもしれないから。
2日目の京都見学は、そういう、京都と関係ないところで楽しみにしていたのに、なんだか二人は、思ってたのと違う感じになっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ホテルの1階ロビーで、あたしたちの班はヒメによって仕切られている。
「皆さんからのリクエストを基にルートを作成しています。これに従って史跡を回りたいと思いますが、何かご意見はありませんか?」
ヒメはなんと本日の予定表を自作していた。どこへ何時にどういう手段で移動するのか、そこでは何分くらい滞在するのか、といった細かいスケジュールまで決まっていた。生徒会活動じゃないのに、やけに力が入ってる。
あたしや進藤君はヒメのことをよく知ってるから、ちょっとびっくりしつつもさすがだなぁって感心してたけど、赤木君なんかちょっと顔が引きつってたし。
だけどそんな中、キョウ君はぼけっとして反応が薄い。
ヒメはそんなキョウ君をチラ見しただけで、話を続けている。
「まず清水寺、そこからすぐ近くの地主神社――ここはヨーコの希望ですね、次にあ、阿山君リクエストの京都御所、」
表向きはいつもどおりのヒメだけど、心の中はそうじゃなかったみたい。
今のヒメ、びっくりするぐらい〝阿山君〟って単語を意識してた。発音の一つひとつを外さないように、卵でお手玉をするみたいに、とても丁寧に、大切にしている感じだった。二人の間に何かがあったとしても、相手を嫌いになるようなことじゃないみたいで、少し安心した。
「そこでいったんお昼休憩をはさんで、赤木君ご希望の八木邸へ向かい、最後に、進藤君リクエストの金閣寺です」
あまりスマートなルートではないのですが、最短距離を結ぶとこうなってしまいます、とヒメはなんかブツブツ言ってた。あとで地図を見せてもらったら、確かに目的地を線で結ぶとジグザグになっていて、完璧主義なところのあるヒメはそれが不満だったみたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
清水の舞台の上は観光客でごった返していた。伯鳴の生徒も含めて、中学生や高校生がいっぱい。外国の人もたくさんいて、お年寄りも多くて、みんなスマホでぱしゃぱしゃ景色を撮っていた。舞台の正面は紅葉を始めた山がきれいで、右の方に目を向けると市街地があって、白い棒みたいな京都タワーがよく目立った。
想像してたよりも狭い清水の舞台の上で、あたしはそこから見える景色よりも、ヒメとキョウ君のことが気になっていた。
紅葉を眺めているヒメ、の横顔を見つめているキョウ君、の横顔を観察しているあたし、という図式にちょっと切なくなる。せっかく来たんだから、もっと楽しまないといけないのに。
その場で回れ右して舞台の手すりに背中を預けると、赤木君と目が合った。
「ん? どしたの?」あたしは首をかしげる。
「お、おう……」赤木君はなぜかキョドって視線があちこちへ飛び回っていた。「ああ、そうだ、写真、撮ってやろうか?」
何かを誤魔化してるのはバレバレだったけど、清水の舞台から撮った一枚はやっぱりほしいと旅行前から思ってたから、お言葉に甘えることにした。お返しに赤木君の写真も撮ってあげた。
「あ、そーだ。写真! みんなで写真撮ろうよ!」
あたしはふいに思いついて、班のメンバーを招集する。
強引にヒメとキョウ君を並ばせて、その隣にあたし。キョウ君を2人で挟み込む。ヒメは一流ホテルの従業員みたいに両手を身体の前で揃えて、すごくお行儀の良い立ち姿だった。赤木君と進藤君はその両端でテキトーに。
観光客のおじさんにお願いした写真はキレイに撮れていた。すまし顔のヒメに、我ながらいい笑顔のあたし。進藤君はいつもどおりのぶっきらぼうな顔で、赤木君はちょっと軽い感じで楽しそうに笑っている。キョウ君はあくびをする直前みたいな変な顔になっていた。
次の目的地は清水寺のすぐ近くにある地主神社。
ここは縁結びで有名なところだ。
叩いて祈れば願いが叶う銅鑼とか、水をかけて祈ったらご利益があるお地蔵様とか、願いを込めて撫でるとご利益がある大黒様の像とか、そういう神頼みポイントがあちこちにあって、下は修学旅行の女子中学生から、上はアラフォーと思しき社会人女性までが、必死こいてお祈りしていた。
「ここ、百代のリクエストなんだろ」
女性服専門店に連れてこられたみたいにそわそわしている赤木君に、あたしはスマホを開いて、自主神社のホームページを見せた。
「京都の名所を調べてたら見つけたの」
「すげえキラキラしてんなこのサイト。ブログにフェイスブックまで……。クリスマスやらバレンタインも積極的にアピールしてるし、節操がねえな」
「日本ってあちこちに神様がいるっていうか、宿る? みたいな考え方なんでしょ。外国のイベントが、日本のノリに影響されて神ってもいいんじゃないの?」
「おお……、スピリチュアルな思考とグローバルな視点を併せ持ってんな……」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
赤木君の言ってることがちょっとよくわからないけど、とりあえず頷いておく。
それから、神社の売店を渋い顔で眺めているキョウ君に声をかけた。
「ね、神様に縁結びをお願いするのってどう思う?」
「個人の自由だけど、お守りなんて軽度のサギだと僕は思うよ」
キョウ君はフッ、と口元を上げる。
「願いが叶う、なんて信ぴょう性のない〝効能〟をくっつけたものを、千円くらいでばらまいている。一人から数百万数千万だまし取るんじゃなくて、不特定多数から少しずつ巻き上げていくっていうのは、やっぱり持つ者の手管だよ。国家や大企業、そして神様のような――って繭墨!?」
ヒメが売店に並んでいるのを見つけて、阿山君がすごいノリツッコミをした。同じ目標に向かって頑張っていた仲間に裏切られたみたいな虚ろな表情で、嘘だろ、とつぶやいている。
強いショックを受けてるキョウ君の様子はちょっと面白かったけど、それより今はヒメの方が気になった。あたしはヒメのところへ駆け寄って、どんな顔でどんなおみくじを買ってるのか確かめる。
「何を買ったの?」
ヒメは無言で〝家内安全〟と書かれたシンプルな小袋のお守りを差し出した。
「あれ、レンアイのは?」
「現状、特に不満はないわ」
「ヒメの口からナチュラルにノロケが……」
「今のところは自力でどうにかできる段階というだけよ」
「ふぅん……。じゃあ、家内安全はそうじゃないの?」
あたしはつい思ったことを口にしてしまう。
「まあ……、そうね」ヒメは声を細める。「ウチの両親、そろそろ本格的に秒読み段階になってきてるから」
「それって、離婚が、ってこと?」
あたしが言葉をぼかすと、ヒメも苦笑いでうなずいた。
「そう、アレよ」
なんか意外だった。ヒメの家庭事情はなんとなく察してたけど、それを本人があまり気に病んだりしているようには見えなかったから。
「ヒメってこういうとき、なるようになるわよ、とか言っちゃって、あまり気にしないんじゃないかと思ってた」
「そうね、わたしもそうだと自覚していたけど、でも、いざリミットが近づいたら、焦りを感じてきたの。もうわたしに、何ができるわけでもないのに」
「だから神頼みするの?」
「少し違うわ。こんな当てつけみたいなものを渡して、あなたたちの娘さんは、あなたたちが思っているほど物分かりがいいわけではなさそうですよ、って神様に代弁してもらうの」
とヒメは悪戯っぽく笑い、お守りのヒモを指でつまんでぶらぶらと揺らす。
「当てつけかぁ」
とあたしは後ろの方でまだボケッとしているキョウ君を振り返る。
恋愛祈願で有名な神社へ来たことが、まさしくそれなんだけど。
どれくらい揺さぶれているのかは、その表情からはよくわからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
京都御所は、とにかく静かな場所という第一印象だった。空気が澄み渡っていておごそかで、ワイワイ騒いじゃいけないような気持ちにさせられる、そんな感じ。
「ここって、皇居の庭園に似てる気がする。落ち着いた雰囲気とか、あと、都会の真ん中なのにすごく静かなところとか」
あたしは家族での東京旅行を思い出しながら、そんなことを口にする。
「東京に遷都する前は、ここが歴代の天皇の居所だったからね。建築上の決め事とかポリシーに共通点があるのかもしれない」
そう語るキョウ君は、ここの雰囲気が肌に合うのかな、とても穏やかな表情をしていた。
それから、白い石が敷き詰められた広場が見えてくると、
「ここ、蹴鞠の庭だって」
「平安時代の国立競技場なわけだ」
「すごいねえ、サッカーよりも前に足でボールを蹴るスポーツがあったんだから」
「でも蹴鞠は中国伝来のものらしいし、競技の古さで言ったらセパタクローとかはどうなんだろうね」
「せぱ? たくろう? 誰?」
アタシとキョウ君のやり取りに変なところは何もなかったけど、それが逆に違和感だった。昨日の素っ気なさはなんだったの? って思ってしまう。
ヒメとはギクシャクしてるから、あたしはその代わりなのかな、なんてすごくネガティブなことを考えてしまって、それでもキョウ君と話をするのは楽しくて。気持ちがこんがらがって、今いる場所の歴史的意義なんて頭に入ってこなくて。
ごめんなさい、歴代天皇の皆さん。全部キョウ君が悪いんです、とあたしは心の中で好きな人に責任をなすりつけた。




