表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人間動物園

作者: ナカオ アオ

短い短い物語です。

ただ生きていくのも時に少し難しい。なんだか僕はもう、自分のことがよくわからない。なにをしたいのか。なにが欲しいのか。更にはなぜ僕は僕としてここに存在するのか。人間としてここに生まれなければ、この、ずっと持っているには少し重たい感情も、手放せていたのかもしれない。例えば猿に生まれていれば、あの鳥に生まれていれば、なにが違う動物に生まれてさえいれば。その僕の妄想に果てはない。

ある日僕の元に、滅多にはこないような封筒が届いた。他のダイレクトメールや明細に紛れて埋もれかけていた白い封筒。真っ黒な文字、僕の名前。裏返してみても、送り主の名前に見覚えはない。

家に入り、はさみをいれる。取り出した中身はハガキが一枚。記された言葉。

「招待状」

僕が招待されるようななにかがあるとは思えなかった。

「人間動物園」

その変な名前にも覚えはない。説明は少ない。場所を示す簡単な地図。そして、心よりお待ちしております、という言葉。誰かに待たれるということをしばらく忘れていた僕には、とても気持ちのいい一言だった。


久しぶりに雨の上がったその日、僕はそこを訪れた。檻に入れられた人間たち、そして僕。僕はゆっくりと園内を見てまわった。

「女」

僕の想像する女とは違う女がいた。特徴のない、女。もっと性を強調するような、主張するようななにかが足りない気がした。女は僕ではないどこかを見ていた。

「男」

僕とは違う男がいた。普通の男。スーツを着て革靴を履いていた。疲れた顔をして、ベンチに座っていた。

「不良」

僕の思った通りの男がいた。煙草をくわえてこっちを睨みつけ「見てんじゃねえよ」と言った。「ここは見る場所なんだ」と心の中で僕は言った。

「子供」

僕がよく見る子供がいた。赤いランドセルを背負って、木の枝で地面になにかを書きつけている。僕になんて気づきもしなかった。

「母」

僕は家での母をもうよく覚えていない。焦るように生きている人だった。でも、優しい人だった。

「父」

僕の父は厳格だった。何度叱られたかわからない。仕事ばかりしていた。

祖父、祖母、少年、青年、少女。いろいろな人間がそこにはいた。

たくさんの檻の中で彼、彼女らは息をしていた。

僕みたいなのは、どこにもいなかった。自分は普通の普通の、更に普通の中にいると思っていたのに、僕はいなかった。最後の檻は、

「あなた」

そこには誰もいなかった。僕はドアをそっと押し開けた。キイと耳障りな音には似合わず、それはスーと開いた。僕はその檻の中に入って、土の上に座った。ただ、座って、前を見ていた。時折誰かが僕を眺めた。ちらっと、じっと、睨むように。僕はそれでも動かず僕を眺めるあなたを見た。

「あなたは、僕だよ」

声も出さずに座っていた。朝と、昼と夜と何回か繰り返した。景色の変わらないそれが、何度すぎたのかは忘れた。

僕は檻の中を歩きまわってみた。なにかが僕の中でむくむくと大きくなるような気がした。それは僕を見つめる誰かの視線によって大きくなった。僕はくまなく歩きまわった。端から、端まで。

気づかなかった。そして、気づいた。

「ぼく」

檻の中にまた扉があった。僕はとうとう僕になれると思って、その扉を開けた。

人間動物園の裏の道に出た。あっけなくそれは外の世界に繋がっていて、安心したような、がっかりしたような気持ちになった。僕は家に帰ろうと思った。振り返ることなく、歩こうと思った。

僕はもう、あなたじゃない。そう確信できるからまだわからないけれど、僕は確かにあのとき、「ぼく」自身の扉を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ