妹という存在
前話から4年後の話です。
7月1日変更投稿しました。
タマモから様々な事を教わってから4年、コウは6歳になった。
最近は社の麓の村(カンナギ村というらしい)の近くの魔獣の森で、魔獣を狩ったりしている。
魔獣とは動物達が魔素により変化した生命体である。
性格は大方が凶暴で人を襲ったりし、寿命は元となった動物の数倍もある。そして魔獣達は長い年月を生きるか、人で言う修羅場を幾つも乗り越えると進化する事があるらしい。
話は戻るが、午前だけでも既にゴブリン3体、ビックボア2体を狩っていたりする。
3歳頃から草薙流の技や柔道、空手の技から、暗殺者の気配の消し方や探り方、そして暗殺技、バリツなども習得したからこそ、可能である。
本来この歳でビックボアを狩れるのは異常であり、カンナギ村ではタマモ以外の大人達に『もはや一対一で戦っても勝てる気がしない』と言われている。
偶に、子供達に暇な時で良いから戦い方を教えて欲しいと頼まれて、村の子供達に効率的な体の鍛え方や武器の振り方等も教えている。
そしてこの4年でコウの周りで他にも幾つかの変化があった。
1年程前から味噌や醤油が完成したことや、氣功の極意、【陽気】と【陰気】をタマモに教えてもらったりといろいろあったが、それより重要な事がある。
それはコウの横で、コウが作った算数の問題をしている、狐耳の女の子の事である。
「おにいちゃん、ここの計算ってどうするの?」
そうやって自分より一歳年下の狐獣人の女の子、ミーナは2桁×2桁のコウが作った問題のやり方を聞いてきた。
ミーナは金髪でポニーテールの様な髪型であり、瞳は朱色で活発そうな雰囲気である。
やり方を教え、「次の問題から自分でやってみるんだ」と言うと少し悩みながらも、順調に計算して行った。
「お兄ちゃん、この問題の答えってこれで合ってる?」
「どれどれ…うん、正解だよ。ミーナ、よくできたね」
そう言いミーナの頭を撫でてやるとミーナは嬉しそうに「えへへ」と笑って尻尾をコウの体に擦りつけてくる。
この行為は狼獣人や狐獣人が気に入った者や心を許した者にしかしない行為なのだとか。
ミーナがこの社に住む事になったのは、ちょうど2年前からだ。
コウはその日の事を思い出す。
-2年前-
その日は大雨が降っていて、タマモに歴史の勉強を教えてもらっていた。
お昼前ぐらいになると、社に知り合いが来た。
この社のある山の麓にあるカンナギ村の村長代理の熊獣人のオルドさん(ついでに村長はタマモだった)がずぶ濡れになりながら走りこんできて、息を切らせながら急いでいた理由を慌てながら言った。
「オルドさん、何かありましたか?」
「近くの川が氾濫して川の近くに住んでいた奴らが何人か流されたんだ!俺は先に救出しに行くから、後から来てくれ!」
「!…わかりました!準備してすぐ向かいます!」
コウとタマモは急いで外出用の服に着替え、ロープや傷薬などを持ち、身体強化を使って急いで川に向かった。
川につき、素早く辺りを見渡すと 川は増水して濁流を起こして土色に濁っており、流された家の残骸が所々で散らばっていた。
タマモに被害を報告していたドワーフの男が「あと何人かは下流に流されたらしい!既に何人か行かせたからそっちに行ってくれ!」と言って、怪我人の方へ向かった。
「コウ!妾は他の怪我人を見てから、すぐにそっちに行く!御主は先に行った者達と合流するのじゃ!」
それを聞いたコウは下流の方へ身体強化を使って走っていた。
コウが今使っている身体強化は普通の身体強化の強化版と言えるものだ。
普通の身体強化は身体能力を2〜3倍にするが、コウの身体強化は同じ魔力量で、身体能力を約7倍にしている。何故、ここまで身体強化に差があるのかと言うと、普通の人達はただ体を硬くしたり、脚を早くする様に身体強化を施すが、無駄に魔力を消費するのに対してコウは人間の骨格と肉体をイメージし、内側と外側、両方から身体強化を魔力を閉じ込める様に施しているからだ。
そのおかげで俺の身体強化は同じ魔力量でも倍以上の効果を発揮出来る。
今はその身体強化を全力で使って、視覚と聴覚も強化した。すると遠くから獣の声と複数人の悲鳴が聞こえた。
急いで悲鳴が聞こえた方へ向かうと雨で視界が悪いが、その光景を見で捉える事ができた。
そこではコウより先に流された人の救出に向かって行った人達と救出された人達が、20体程の狼型の魔獣の群れに囲まれ、襲われている所だった。
襲っている魔獣はウィンドウルフという、風魔法を使ってくる魔獣だ。
囲まれている人達の中には、既に襲われ、怪我をしている者もいる。
犠牲者が出るのを避けるため、俺は氣功の技の一つ【覇気】を放った。
【覇気】は、相手に威圧を与えて怯ませたり、注意を向けさせるための威嚇技だ。
俺の【覇気】を感じたウィンドウルフ達は、俺が危険な存在である事が分かったのか、真っ先に排除しようと半数が此方に向かってきた。
タマモやオルドさん以外の数人の大人達にしかコウは戦った所を見せていないため、救出に来た大人達はコウの実力を知らない。
「逃げろ!」と叫んでいるが、コウは迷わずに無属性魔法の【ショット】を10発放った。
この【ショット】は銃弾をイメージしているので、狼の頭ぐらい簡単に貫く。
コウの放った【ショット】は案の定、ウィンドウルフ達の頭を貫き、絶命させた。
大人達はその光景に驚いていたが、他の全てのウィンドウルフ達が唸り声をあげながらコウに襲い掛かってきた事で、驚きから解放された。
「今のうちに怪我人の手当てを!」
それを確認したコウは大人達にそう呼びかけた。
「あっ…あぁ!わかった!すまないなコウ君!死ぬんじゃないぞ!」
「危なくなったら逃げるんだぞ!」
「わかってます!」
大人達はコウの返事を聞いたあと、雨を避けるため木の下に行き、怪我人に治癒魔法を掛けている。
「「「「グルルルルゥゥ!」」」」
ウィンドウルフ達がコウを囲み、警戒しながら様子見している。
その隙にコウは最近あみだしたオリジナル魔法【ワークス】を使って槍を作り、右脚を少しさげる形で構える。
この魔法は元は【ストリング】という魔法の派生系で、原理は簡単で糸を編んだり、鋼の様に硬くして武器にしているだけだ。
魔法で作っているので時間が経てば魔力が切れて自然と消えるが、即興の武器としては申し分ない強度を持っている。
この【ワークス】で作れる武器は今の所、槍、薙刀、鞭、エストック、矢、杭、針ぐらいだ。
いきなり現れた槍に、ウィンドウルフ達はさらに警戒を強くしたが、一瞬だけワザと隙を作ると一体のウィンドウルフが襲いかかってきた。
それに反応したコウは爪での攻撃を最小限の動きで避け、槍を振るってウィンドウルフの首筋を切り裂く。それでウィンドウルフは絶命し、動かなくなった。
(残り、9体)
心の中でカウントし、時間差で襲ってきた3体のウィンドウルフの攻撃を先程と同じく紙一重で難なく避け、技のキレが衰えていないかの確認するためにもあえて草薙流の技を使う。
「フッ!」
草薙流槍術初伝【三又斬り】を使い、一体目のウィンドウルフの前脚の下からカウンター気味に斬り上げ、後ろから噛みつこうとした一匹を、身体を捻り斬り下げ、最後の一匹を突き、絶命させた。
(残り、6体)
草薙流の技はどれも敵を殺傷もしくは無効化するために編み出された技である。
前世では、一度も勝てないほど強かった祖父が警察の偉い人に頼まれて特殊部隊の者達に実戦形式で戦って余裕で全員気絶させたことがあったらしい。
【三又斬り】は、敵の股下から相手を斬り上げ、瞬時に斬り下げ、最後に相手を突く3連撃の技である。
コウがやった様に途中で身体を捻る事はかなりの技術がいるため、基礎と弛まない努力がなければ習得は難しい。
瞬く間に4匹の仲間がやられた事により、残っていたウィンドウルフ達が逃げ出そうとしたが、敵の前で背中を見せるのは死を意味する。
逃げ出したウィンドウルフ達に向かって腰を低くして構え、駈け出すとともに後ろから薙ぎ払う様に高速で一回転しながら近くにいた5体を巻き込み、斬りつける。
この技は名は草薙流薙刀術中伝【隼境廻し】
【隼境廻し】は、隼の様に速く接近し、天と地の境界を割る様に水平に回転しながら斬る技だ。この技はその性質上、槍や刀などでも代用出来る。
(残り、1体)
最後の一匹は仲間がやられた事に気付かずに、本能的に逃げていたのだろう。
だがコウがそれを許すはずがない。
槍を投擲し、最後の一匹の脳天を貫く。
最後のウィンドウルフは何が起きたかわからないまま、絶命した。
周りに他の魔獣の気配がないことを確認してから、大人達の方を見た。
怪我人達は命に別状はないが、怪我人の一人が
「ミーナの嬢ちゃんがいない!」
と言い、それを聞いた者達は慌てだした。
「なんだと!まさか、はぐれちまったのか?!」
「多分だが、死んじまった親父のカルルのところに行ったんじゃ……」
「クソッ!あそこにはまだ魔獣がいるかもしれない所なんだぞ!」
それを聞いた俺は、オリジナルの探索系魔法【魔力波】を使った。
【魔力波】は半径一キロに魔力の波を飛ばして、帰ってきた魔力波で物体を感知する魔法だ。
そしてここから600メートル程先にその子供らしき反応があったが、すぐ近くに複数の魔獣の反応も捉える。
反応を感知した瞬間、俺はその反応の元へ走っていた。背後から大人達の制止の声が聞こえたが、構わず走って行った。
そして、強化した目で狐獣人の女の子と、その子の父親らしき狐獣人の男性の死体、その周囲を囲む4体のビックボアを視界に捉えた。女の子は尻餅をついて恐怖に震えていた。
「だ、誰か助けて!」
その言葉を強化した聴覚できいた俺は、今にも襲いかかろうとしていた一体の頭を【ショット】で撃ち抜き、その命を刈り取る。
「えっ……?」
女の子とビックボア達は何が起きたのか解らず、呆然としていた。
その隙に俺は他のビックボア達にも【ショット】を使い、3匹とも絶命させた。
そこで女の子は俺に気づいた。
「お兄ちゃんが、助けてくれたの……?」
「まぁ、そうだな。それより怪我はないか?」
「えっと……うん、お兄ちゃんが助けてくれたから、怪我はしてないよ。あのね、私ミーナって名前なの。お兄ちゃんは?」
どうやら大人達が言っていた子はこの子で間違いないようだ。そして死んでいる狐獣人の男性はこの子の父親のカルルさんで間違いないだろう。
雨であまり見えなかったが、ミーナのすぐ近くに大人が入るほどの穴が掘られており、ミーナの服は土で汚れていた。
「コウって名前だよ。………もしかして、お父さんを埋めてあげてるのか?」
そう聞くとミーナは俯きながらコクリと首を縦に振った。
「…うん…。お母さんが死んじゃった時も、埋めてあげたから…グスッ…静かに眠れるように、埋めてあげるの」
ミーナは涙を堪えながらそう言い、穴を掘り始めた。
「………そうか。………ねぇ、お父さんのお墓、一緒に作ろうか?」
「グスッ………いいの…?」
「ああ」
そうして、コウはミーナと共にカルルさんのお墓を作るのを手伝った。
穴を掘り、カルルさんを埋めて、近くにあった岩を【ワールス】で出した薙刀で半分に斬って墓標代わりにし、お墓を建てた。
「……お父さん…グスッ…バイバイ……。………うっ、ううっ、うわぁぁぁん!」
父親に別れを告げた後、ミーナは泣き続けた。
前世でコウも母が亡くなった時はしばらく泣いていたが、ずっと父が頭を撫でてくれてある言葉を言い、コウはその言葉を聞いて泣き止んだ。
だからコウはその時の父の様にミーナの頭を撫でて、父の言った言葉を借りて、ミーナに言った。
「………そんなに泣いてたら、お父さんが天国でも悲しい思いをするよ」
「グスッ……お父さ、ん…悲、しい…思い…する、の……?」
「うん、ミーナちゃんが泣いていると、お父さんは心配で仕方ないだろうね。だから、泣き止んで、安心させてあげようね。それに、ミーナちゃんは1人じゃないよ」
「……わかっ、た…。…グスッ………ミ、ーナ…泣かな、い」
少ししてミーナは泣き止み、その後コウはミーナをおぶり、救出隊のところに戻った。
救出隊と合流してカンナギ村に戻り、犠牲者がカルルさんだけだったらしく、ミーナを誰が引き取るか話し合っていると、ミーナが俺の服の袖を摘み、
「………お兄ちゃんの所が良い……」
と言った事で、社に住むことになった。
大人達はコウがタマモと共に暮らしていることを知っているので、大丈夫だろうと判断し、そうすることに決定した。
そしてコウに妹が出来た。
あれから2年、ミーナは悲しみを乗り越え、元気に日々過ごしている。
コウのことはお兄ちゃんと呼び、タマモのこともお姉ちゃんと呼んで慕ってくれている。
そんなミーナに、コウとタマモはいろいろなものを教えた。
イクスティアの歴史や算数、コウの魔力循環や身体強化、草薙流などを教えた。
今では村の中でもかなりの強さになっている。
もう2年も経つのかと思っていると、ミーナのお腹が鳴った。
「うーん、お腹空いてきちゃった」
「もうそろそろお昼にするか?」
「うんっ!ねぇねぇ今日は稲荷寿司ある?」
「あぁ、あるぞ」
「やった〜!」
ミーナは嬉しそうに両手を上げて、喜んでいた。
ミーナもタマモも油揚げが気に入ったらしく、毎日食べたいと言っていたがそれだと健康が偏るので週に一度だけ稲荷寿司を作ってあげている。
ちょうどタマモも村会議を終えて帰ってきて、稲荷寿司を共に食べた。
稲荷寿司を食べ終わると、タマモは俺にあることを聞いてきた。
「コウは10歳までに何かやる事はあるかの?」
「?…いや、今は特に何もないかな」
「だったら王都にある魔法学園に行ってみる気はないかの?」
タマモの言う魔法学園とは、この村が所属しているアルラスト王国の王都にある、魔法の研究や未来の魔法使い達を育成する国立の学園である。
「魔法学園か……それも良いな」
「8歳から10歳までの間ならば試験を入ることができるのでな、もし何もないならミーナと行ってみるが良い。妾が教えることも、もうあまりないしの」
タマモはそう言うと少し悲しそうな顔をした。
しかし同時に、お前の好きにするが良いという顔をしている。
魔法学園に行けばいろいろな魔法を学べるし、王都の人達が種族間の問題をどう思っているのかを知ることができる。だから俺の答えは決まっている。
「わかった。俺は行くことにするよ。ミーナはどうする?」
「私も一緒に行く!」
そうして、コウとミーナの目標が決まった。
そこでタマモがボソリと
「そうか。ならば奴に手紙を出すか。面白いことになりそうじゃしの」
と言った言葉を俺はあえて無視した。どうせ聞いても惚けるだけだと知っているからだ。
「?…タマモお姉ちゃん、何か言った?」
「いや、何でも無い」
そうして昼食を終え、それぞれがやる事をやる為に一度解散した。
作者の好きな獣人は読んでもわかる通り狐獣人です。
5月26日に内容を付け足しました。