新たなる始まり
ちょっと長めです。
ーフェンリルー
私はいつ、何処で生まれたのかはもう覚えていな
い。だが、私が【神獣】になった経緯は覚えている。
その時の私は、ある程度知性があるだけの魔獣だった。
群れに混ざらずただ一匹で他の魔獣と戦い、勝てば喰らうという自然の摂理を何度も繰り返し、当時の私は孤独に生きてきた。
戦い続けた結果なのかはわからないが、私は知性、自我ともいうべきものをいつの間にか持っていた。
ある日のことだ、森で狩りをしていた時、私は初めて人間達に出会った。
私は初めて見た人間を本能的に気配を消して警戒し、離れていた人間の子供に襲い掛かった。
「ガァッ!」
「うわっ!」
突然の事で反応できなかった子供は容易く私に押し倒され、私を見たその瞳は恐怖に彩られていた。
そして私は子供に噛み付こうとした所で、子供が発した言葉に動きが止まった。
「や、やだっ!死にたくない!」
「!」
私は子供が言った言葉の意味を理解出来なかったが、何故かその言葉に体の動きが止まった。
そして、止まっている私は横からの攻撃に反応できず、深手を負って森の中に逃げた。
森の中の魔獣が寄り付かない場所に逃げ込んだ私は、とある大樹に寄り掛かった。
その時であった。
『あら?おかしいわね、こんな所に魔獣が来るなんて。結界が壊れたのかしら?』
何処からともなく声が聴こえてきた。
私はその声に反応したが、深手を負った体は動けなかった。しかしそれとは別に声の主は何やら呟いていた。
『うーん、結界は壊れてないみたいだし…、ということはもしかして………』
突然、寄り掛かっていた大樹が輝き出し、私の前に緑色の髪と瞳を持った女性が現れ、私の眼を覗き込んでいた。
『あ〜やっぱり!あなた自我があるのね!』
その女性を警戒していたが、血を流し過ぎたのか、私はだんだん意識が薄れるのを感じた。
『ん?あなた怪我してるの?うーん、この子だったら多分、私の加護を与えても大丈夫でしょうね……。よし!』
するとその女性は手に不思議な光を宿らせ、私に向けて手を出してきた。すると手にあった光は私に吸い込まれていき、傷を癒した。
それと同時に私は頭が冴え渡り、高度な知性、知能を発現させた。
『これは……⁈』
『あら、もう喋れるのね!だったら私の言葉はわかるでしょう?』
最初、自分が発した言葉に困惑していたが、女性の言葉を理解し、やや困惑しながらも質問に答えた。
『え、えぇ、あなたの言葉がわかるわ。でも、これはいったい?それにあなたは?』
『まぁまぁ落ち着いて、質問はそれからちゃんと答えるからさ』
女性の言葉を聞き、少しして私は落ち着いた。
『すみません、それでこれはいったいどういうことでしょうか?』
『じゃあ説明するけど、今のあなたでも理解出来ないことかも知れないわ。まず、あなたが何故言葉がわかるかはそれが私の力、加護を与えただからよ』
どうやら私は彼女から何かの加護を受けた様だ。
それにしても、加護を与える彼女はいったい何者なのだろう?
『そして私が何者かだけど、私は【大地と樹木の神】という存在、つまり神だね』
『神、ですか?』
この時の私は神という存在がイマイチわからず、彼女、【大地と樹木の神ヴィレディナ】と話をし、自分が【神獣】になったことを少しずつ理解した。
その後、私はヴィレディナと様々な話をし、世界を回ってみたいと思い、旅に出ることをヴィレディナに話した。
『旅に出る、ね。良いじゃない!』
ヴィレディナはそう言ってくれて、私の旅立ちを祝福してくれた。
翌日に私はヴィレディナといつかまた会うことを約束し、旅に出た。
時に魔獣と戦い、時に人を助け、時にヴィレディナと会い、そして時に死にを何度か繰り返した。
時代が進むたびに人々は文明を発展させていった。何もなかった所に家を、村を、街を、そして国を作り、争い、手を取り合い、時代は変わっていった。
それに伴い、私は何度も繰り返してきた死が近づいてきたことを感じ、魔獣を倒し、返り血を避ける事なく浴びながら森の奥に居座った。
そして数日後、私は不思議な2人の子供と出会った。
かなりの魔力を感じて最初は警戒したが、出てきた者が2人の子供だった時は表情には出さなかったものの、かなり驚いた。
その子達、人族のコウと狐の獣人族のミーナは子供とは思えない強さを持っていたが、コウという少年は飛び抜けて強さが違っていた。
そしてコウは子供でありながら、まるで大人の様な気配を持っており、私はコウに興味を持った。
2人に幾つか話を聞き、私は更にコウに興味を持った。
そこで私は己の体に限界を感じ、2人にとある頼み事をすることにした。
ーコウー
フェンリルからの頼み事を聞いた俺は、少し考えた。
私的には俺はその頼み事を承諾しても良いと思っている。
それにフェンリルが生まれ変わり、俺達の側に来たのなら今回の件は解決するだろう。
だが、怪我をした原因を連れて行って、怪我をした者達はすんなり受け入れてくれるだろうか?
それに受け入れたとして、俺とミーナは後3年と少しで村を離れる。
その時、フェンリルはどうするのだろうか?
しかし1人で考えても偏った答えに行き着くだけなので、俺はミーナにどう思っているのかを聞いてみた。
「ミーナはどう思う?俺は別にいいけど、問題は怪我をした人達は受け入れてくれるか、って思ってる」
「私も別に良いと思ってるよ。それにみんな優しいから、謝ったら許してくれると思うよ?」
ふむ、それもそうだな。よし、だったらもうなる様になれ、だ。
『それでどうでしょう、正直もう体が持ちそうにありません』
「わかりました、あなたの頼み事を受けます」
そう言うとフェンリルは嬉しそうに尻尾を振り、『ありがとう』と言った。
『では、私が死した後、私の亡骸に魔力を注いでください。そうする事で、より早く私は生まれ変われます』
「わかりました」
「わかった!」
『お願いしますね』
俺とミーナの返答を聞いたフェンリルは瞳を閉じて寝そべり、しばらくすると息を引き取った。
【魔力波】で周りの魔素の動きを調べると、フェンリルに向かって流れていた。
俺とミーナはフェンリルに言われた通りに、息を引き取ったフェンリルに向けて魔力を全力で流し込む。
10分程魔力を注ぎ込んでキツくなってきた時、フェンリルの体が光り出した。
「ふぅ…、多分もう大丈夫だよ、ミーナ」
「はぁ…はぁ…、わかった…、はぁ…、もうほとんど…、魔力が…、はぁ…、残ってないよぉ〜……」
「ははっ、確かに俺も後2割も残ってないよ」
俺とミーナの魔力量はリーリンさんより少し低いけど、上級魔法士と呼ばれる人達数人分の魔力を持っている。
もし俺とミーナが魔力を注がなかったら半月は掛かっただろう。
俺達がそんな話をしている最中でも、フェンリルは光っており、やがて光は形を変え、直径1メートル程の宙に浮く球体に変化した。
そして球体はゆっくりと降下し、大地に着くと共に眼も開けていられない程の光を放ち、俺達は光が収まるまで眼を腕で隠していた。
光が収まり、腕を除けるとそこには、1メートルにも満たない程の小さな白狼がいた。
『もう少し時間が掛かると思っていましたが、まさかここまで早いとは、やはりあなた達は面白いですね』
間違いない、さっきまで俺達が話していたフェンリルだ。
「わ〜!ちっちゃくなってる!フェンリルさん可愛い!」
女性はどの世界でも可愛いものに弱いのか、ミーナはフェンリルに抱きついて撫で回していた。
『ちょっ、くすぐったいですよミーナ!』
「だって可愛いんだもん!」
俺は、ああなった女性はしばらく撫で続けるだろうな〜、と思いながらミーナとフェンリルに近づいた。
「ねぇフェンリル、体の調子はどう?おかしいところはない?」
『えぇ、大丈夫ですよ、どこにも異常ありません』
どうやら異常もない様だし、一先ず安心だな。
『それと…厚かましいと思うのですが…』
「どうかしましたか?」
何やら気まずそうというか、恥ずかしそうに顔を背け、
『その…他人行儀の様に話すのではなく、友と話す様に話して欲しいのと…あ、あの…名前…を、つけて欲しいのです』
と言い、顔を少し俯かせた。
それを聞いた俺とミーナは顔を見合わせ、共に笑い出した。
「「はははっ!」」
『なっ、真剣に話しているのですよ!笑わないでくださいよ!』
「いや、ごめん、フェンリルがそんなこと言うとは思はなくて。だけどわかった、口調はこれで良い?」
『もう、その口調で良いですよ…』
生まれ変わったからなのだろうか、子供の様に顔を背けている。しかし嬉しさは隠せておらず、尻尾は忙しなく揺れていた。
「後は名前だけど、ミーナはどうする?」
「お兄ちゃんが決めてあげて!」
「うーん、それじゃあ…」
俺は少し間を開けて頭に浮かんだ名前を告げた。
「【ユキカゼ】…、はどう?」
俺はあまりネーミングセンスが良くないので、この程度の名前しか付けれない。
『ユキカゼ…ですか……。ユキカゼ…、はい!気に入りました、私はこれからユキカゼです!」
「そうか、気に入ってくれて良かった」
尻尾も嬉しさを表し、ブンブンと振るわれている。
「これからよろしくねユキカゼちゃん!」
『ちゃ、ちゃん⁈私の方が歳上で!、ってあぁ、生まれ変わったからあっているのでしょうか?』
ミーナとユキカゼの会話を聞きながら空を見上げると、綺麗な夕日が沈みかけていた。
「おーい、ミーナ、ユキカゼ、そろそろ日が落ちるから早く帰るよ」
「あっほんとだ」
『もうこんな時間ですか…』
俺は村に向かって走り、ミーナとユキカゼも続いて追いかけてきた。
そして村に着き、タマモ達に調査結果とユキカゼのことを話すと最初は呆れられた。
その後怪我をした人達にユキカゼが一人一人謝りに行ったが、皆『怪我をした自分たちが悪い。だから気にするな』と言われ、ユキカゼは村人達に受け入れられた。
そして俺達に家族が増えた。
次こそはタマモを出してやりたいです。