ハンムラビ その3
誘拐事件が勃発した。
白昼堂々と行われた誘拐事件。地域の警察、小学校、PTAは即座に協力をし、厳戒体制を敷く。
誘拐された少年は2人。
一人は周防マコト君。公園で男友達と野球をした後、帰宅途中で攫われたと思われる。
目撃証言は、少ないが、バイクに乗った黒ずくめの男が男の子を攫って行ったという情報があり、警察は暴力団員との関与も視野に入れ、最新の注意を払って捜査を開始する。
もう一人は近藤翔太君。
こちらは目撃証言は無いに等しい。しかし、家に帰っておらず、捜査の結果、街の監視カメラに黒塗りのベンツから出て来た男に攫われている映像が残っていた。
この監視カメラの映像から、もう一点衝撃の事実が判明する。
監視カメラの映像に映っている実行犯の男についてだ。
この男は、全国で指名手配されている凶悪犯だったのだ。
捜査陣に緊張が走る。
同時に行われた小学生誘拐事件。その実行犯が全国的な凶悪犯。
所轄では、手に負えない事件と判断され、即座に警視庁からスペシャリストが呼ばれた特別捜査チームが組まれたのであった。
まだ、報道にもなっていないニュースを青野いるかは独自の情報網で入手する。
(この2人を同時に誘拐? どういうこと?)
訝しげな気持ちを抱えたまま、いるかも独自に調査を始める。青野くじらの部屋に遊びに来ていたいるかは復讐屋としての仕事もとい情報収集も青野くじらの部屋で行うことが多い。今日も近藤翔太君の件で調べものをしようと情報収集していて、この誘拐事件をアンテナにひっかけるのであった。
「これが、監視カメラに映っていた誘拐事件の映像かーって、何これ??」
不正な方法で監視カメラの映像を入手したいるかは驚く。そして、この映像を根拠に本庁から優秀なスタッフを呼んだという所轄の刑事にも呆れてしまう。
その映像とは、決して生の映像データではなく、雑な編集、細工が施されていた。凶悪犯が映っていたとされるが、指名手配され、顔情報が世間に公表されている画像データと用いた雑コラージュとしか言いようがなかった。
「この監視カメラが記録しているサーバー?あるいはテープ?記録媒体に細工をしたのかな?そこから、調査すれば誰がこの悪戯をしたかすぐ判明するね。」
全くこの犯人は何を考えているのだろうか?捕まりたいのだろうか?
そこまで考えて、いるかは気づく。
「そうか、目には目を、歯には歯をか・・・・・・」
いるかは即座に複数あるスマホの中から電話帳を開き、あるアドレスに対して電話をかける。
「つーくん。今すぐお姉ちゃんの部屋に来て。もう、バレているんだからね? 誘拐犯さん。」
「いるかちゃん。誘拐犯ってどういうこと? くじらさんでも攫われた??」
「もう、そういう小芝居いらないから! 私、怒っているんだよ。」
「怒っていると言われましても・・・・・・」
「復讐屋の依頼者の近藤翔太君とターゲットの周防マコト君が誘拐されました。」
「っ! ふーん。いるかちゃんはどうやってその情報を入手したの?」
「私をあまりなめないでってことだよ。」
いるはは怒っていると言うわりには楽しそうに胸を反らす。
「どういうことだよ?」
俺は、漫才の相方を務めるように合いの手を入れて質問する。
「要するにつーくんは、復讐屋に復讐したかったんでしょ?」
いるかちゃんは、前置きなく本題を述べる。
正直、驚いた。
いるかちゃんの情報収集能力にもだが、俺の真意の一つにこうも早く辿り着くとは!!
「聞かせてもらおうか?」
気持ち的には推理で追いつめられて崖にいる犯人になりきろうと思う。まあ、演劇部ではないので端から見たら単純に質問しているだけのような気もするが。
「つーくんは、つかささんが亡くなった事件に関してお姉ちゃんから詳細聞いた?」
「いや、聞いていない。」
「私も聞いていない。詳細は知らなくてもつーくんは、つかささんが事故死じゃないとお姉ちゃんから聞いて知った。知ってしまった。しかも、それは復讐屋というわけのわからないお手伝いをして亡くなったと知ってしまった。」
「わけのわからないという自負はあるんだね。」
「しかも、復讐だなんて、つかささんの性格からして考えられない陰湿なやり方はつーくんは許せなかった。」
いや、姉さんらしくないと思っていたけど、許せないまで考えていないよ。しかし、この娘、本当にすごいな。誘拐当日にバレると思っていなかった。
「まず、敵を知るために、つーくんは私たち、復讐屋の仲間になった。」
別に望んで入ったわけじゃないのですが・・・
「そして、復讐屋の仕事を一緒にやり、隙を伺った。その隙とは近藤翔太君の家に盗聴器などの仕掛けをしたこと。つーくんはすぐに動いた。多分、ひとりじゃできないからお仲間がいるのかな? 監視カメラの映像にしょうもない細工をして、近藤君と周防君を誘拐した。多分、周防君への復讐方法もつーくんは納得いってなかったんだよね?」
まあ、納得はしていない。事実だ。
「誘拐。警察が介入することで、周防くんの家には警察が来る。部屋も調査され、盗聴器や犬の音源が見つけられ、それを足がかりに私たち復讐屋の存在が露呈する。捕まらなくても、活動に制限、最悪復讐屋に廃業にしなくてはいけない事態になる。つーくんが納得いっていない周防君への復讐方法も取りやめになる。復讐屋への復讐! そうでしょう? つーくん。」
「すっげーな。いや、本当にすごいとしか言えない。」
「私を、出し抜こうなんて10年早いよ。 つーくん。出し抜いたらキスしてあげる。」
自慢げに彼女はこちらを見る。
しかし、彼女の顔は寂しそうだった。
「えっと?」
何て声をかければいいのか浮かばない。
「つーくん。」
「はい。」
「不満があるなら言って。私、つーくんと仲悪くしたいわけじゃないよ。つかささんの件だって・・・」
彼女は泣いていた。
俺は口の中をもごもごさせているうちに、後ろの扉がパタンと開く音が聞こえた。
くじらさんが帰って来たらしい。
いや、もしかして、ずっと立ち聞きしていたのかもしれない。
くじらさんが発する言葉を聞いて俺は確信した。
「いるかちゃん。弟さんの話を聞いてあげて。大体当たっていると思うけど、このままじゃ、あなたキスしないといけなくなるわよ。」
妖艶な笑顔を俺に向けて微笑むくじらさんの姿がそこにあった。