苦いのは。
石田十一のハーレム成敗が終了してから、俺と復讐屋の少女、いるかちゃんは近くの喫茶店に入った。かなり混雑していたが、運良く端の窓際のカウンター席が2席空いていたので隣り合って座る。
いるかちゃんはチーズケーキセットを頼んでいたらしく、ケーキをリスのように頬張りながら俺にしゃべりかける。何、このかわいい生き物。
「復讐屋の仕事体験してみて、どんなのかわかった?」
「わかったような、いや、よくわかんないや。」
「まあ、私も何回やっても慣れないしね。」
いるかちゃんは俺の方を向いて語りかけるが、俺は顔を横に向けず、窓の反射ごしに彼女を見る。黒髪で整っていて、そして元気が良い。うん、好みだ。そういえば、女の子と2人で喫茶店に入るのは初めてのことではないのか? ・・・・・・ただし、姉は除く。
「それにしても、つーくんは、何でつーくんなの?」
「哲学かな?」
俺は彼女の質問の意味を理解していたが、あえて脱線する。
「違うよ。つーくんの本名聞いたけど、何であだ名がつーくんになるのか全くわからなかったんだよ。」
「いるかちゃんは、本当にそれを知りたがっているの? 社交辞令じゃなくて?」
「うわ、めんどくさー」
「冗談だよ。つかさの弟君からつーくんになった。」
「まさかの姉ありきのあだ名!!!」
「ほっとけ!」
昔は、お姉ちゃん大好きッ子でどこに行くにもついて行って、姉の友達の一人に名付けられた気がする。したがって、俺のことをつーくんと呼ぶのは姉の関係者のみだ。俺個人のみの関係者はつーくんとは呼ばない。そんな不要な豆知識をいるかちゃんに説いていると、いるかちゃんは、反応よく「へー」「ふむふむ」「なるほどー」と返してくれた。リアクションが大きい女の子は好みです。
ひととり雑談というか彼女の一方的な俺への質問が大多数だったのが、終わりかけた時、彼女は再び、復讐屋の話に戻した。
「どんな印象だった?」
「うーん、正直、わざわざ介入しないといけないことだったのかなという意見が俺の3割を占めています。」
「復讐屋の仕事は基本、余計なお世話と無責任で構築されているからね。子供の喧嘩に大人が入って行く感じ。」
正直、喫茶店で会話する内容ではないと思いつつ。
「大人だったらもっとスマートな方法があるんじゃね?」
「つーくん、大人に夢見過ぎ。」
一笑されるのだった。
彼女はケーキを食べ終え、俺も残りのコーヒーを持て余していた。格好つけてブラックにするんじゃなかった。少し、話題が尽き、暇を持て遊ぶようになった時、彼女は次の仕事の話をし始めた。ネコの話でも良かったのに。
「いじめられている小学生がいるの? そのいじめっこに対して復讐したいという内容。」
「その前に聞いていい? その仕事ってお金稼げているの? ボランティア?」
「つーくんは現金だなぁ。この仕事に関しては5万円を頂く予定です。」
5万円、決して小学生にしては少なくない金額だ。しかし、人を動かすには、しかも復讐という世間体悪そうなことをさせるには5万円は少ないのではないか?
「ちなみに、依頼料は一律ではなくてその都度、お姉ちゃんが決めています。」
「くじらさんかー。あの人、苦手なんだよねー。」
「なんで!! つーくんはお姉ちゃんのこと好みかと思ってた。」
思われていましたか。あの人、占い師という職業らしいだけど、何か、あの人と話していると自問自答している気分になるんだよね。
「まあ、話を戻すと、いじめっこに復讐するということなんだけど、それこと親や学校の出番なんじゃないか? 俺達が・・・・・・余計なお世話がモットーなんだっけ?」
「一般常識とか、そういうのは無視無視。その小学生が望んだから私たちはそれに応えてあげる。ビジネスだよ。」
ますます、喫茶店で話す内容じゃないと思い、周りを伺ってみるが誰一人こちらに気を留めている者はいないようだ。まあ、他人には興味ないか。
「俺的にはそのいじめっこといじめられっこがなんのわだかまりもなく仲良くなれる手伝いをできた方がいいんじゃないかなと思うけどね。まあ、いじめられたこともいじめたこともないから俺にはわかんないが。」
そんな発言をした時、いるかちゃんはそのかわいい顔をぽかーんと開けて、静止した。本当にびっくりしたようだ。数秒静止後、彼女は口を開く。
「つーくんは、やさしい考え方をするんだね。素敵だよ。」
「んっありがとう。」
しかし、俺はその賞賛をそのまま受け止めない。少し違和感を感じたからだ。
「学校の先生や親、その他の大人に相談すればいじめはなくなるかもしれないし、場合によっては仲直りの機会が設けられて、5年後、10年後あの頃は若かったという親友になってるかもしれないね。けど、依頼者の子が望んでいることは違うんだよ。」
「いるかちゃん、もっとわかりやすく説明して。」
「依頼者の子は、円満に解決して欲しいわけではなく、悪意を持っていじめっ子に復讐したいんだよ。」
「悪意って、そりゃーいじめられているんだから、相手が憎いのかもしれないけど、その時、一時だけだろう?」
「私は、いじめられたことも、いじめたこともあるから、わかるんだよ。いや、違う、そんな私でもわからないよ、当事者達のことは。だから、復讐屋の仕事は事実関係の確認から始まるんだよ。」
いじめたこともいじめられたこともあるか。目の前の・・・・・・正確には横に座っている可憐な少女からそんな発言出るとは思っていなかったから内心バクバクである。ポーカーフェース出来ているかな?俺は平静を装い、彼女の言葉を反復する。
「事実関係の確認。確かに重要だね。その子はどんないじめにあったんだい?殴られたのかい? 何なら俺は川辺のガチンコバトル会場を設置しても・・・・・・」
「いじめの内容は多岐にわたっている。けど、復讐を決めた時のいじめは・・・・・・」
「いじめは?」
「飼っていたペットのワンちゃんが殺されたから復讐したいという内容。」
口一杯に広がるこの苦みはコーヒーのせいだろうか?俺は、正直、小学生のいじめと聞いて舐めていたのかもしれない。