リア充って大変なんだな。
日曜日の夕暮れ。人だかりで少し暑く感じた。額から汗が流れる。駅前の待ち合わせ名所の忠犬にターゲットが来るのをひたすら待っていたため、足が棒のようだった。ターゲットの名前は石田十一。
「石田という男は何をしたんだ?」
俺は、隣にいる少女に問う。
「んっ?」
クレープを口いっぱいに頬張った少女は、腰に巻いているウエストバッグからタブレット端末を取り出し、俺に差し出してくる。俺に見ろということなのだろうか?
タブレットの画面には石田十一とその彼女らしき姿が写っていた。
石田という男は、黒髪で背は180cmを少し超えたくらいだろうか、写真の印象からではなかなかの好青年に見える。彼女の方も今時、珍しく化粧気がないにも関わらずなかなか可愛い子だった。
「この写真を見ても悪そうな奴には見えないんだが・・・・・・何か間違えていないか?」
「あっターゲット来たよ! つーくん。」
少女の言葉に少し肩を強ばらせる。彼とは面識がないのだから尾行していることはバレるはずがないのだから、もっと気楽にすれば良いのに、どうしても慣れない。
「あれ? 一緒にいる女性はさっきの写真の女の子と違う人だな。」
写真に写っていた娘は、素朴ながらも黒髪美人。しかし、今、石田の隣にいる女性はガングロギャルだった。もしかして、あの娘があのギャルに変わっちゃったの?俺はそんな諸行無常を嘆いていると、隣にいる少女からかわいいチョップが飛んで来た。
まあ、身長が低いから頭に届かず顔に当たって痛いのだが。
「そんな劇的ビフォーアフターじゃないよ。つーくん。」
「ということは、前の彼女と別れて、あのガングロギャルと付き合いだしたのか?守備範囲広いな。」
「つーくん。私たちの仕事は?何?言ってごらんね? ね? ね?」
「・・・・・・あの石田という男が浮気していて。裏切られた彼女が復讐してほしいという依頼か。何か、こういうのって気が進まないな。他人が間に入ることじゃなくね? 彼とガングロと素朴娘だけで話をつけろというか・・・・・・」
「タブレットの写真のサムネイルを見て。」
俺は言われたとおりに彼女のタブレットのアルバム写真を再び見る。
中身は多種多様な子猫写真で一杯だった。猫かわええ。
「!! つーくん! そのフォルダ違う。それはネコちゃんフォルダ。別のフォルダだってばよ。」
「ああっこっちか。」
俺は、少女に指定されたフォルダを開き、写真を見る。その写真集は石田と女性が2人写っているものだった。
だったのだが・・・・・・
えっ
まじで・・・・・・
「ターゲットの石田十一。現在、交際しているお相手は私の調べだけでざっと14名。紛れもない女の敵です。」
少女は怒りを露にしているようだが、はたから見ているととても怒っているようには見えない可愛い仕草をとっているだけだった。
一人殺せば犯罪者だが、1000人殺せば英雄と言ったのは誰だったか。ギャルゲーでもそんなマルチプレイ無理だろう。
「ターゲットのオンラインスケジュールサービスをセキュリティを破って拝見したんだけど、浮気がばれないように綿密なスケジュールが組まれていたんだよ。」
少女はタブレット端末を捜査し、スケジュール表を俺に見せる。
デートの場所、各交際相手の行動範囲、好み、特徴。携帯電話の管理等。ものすごい量の記述がされていた。浮気バレないためにかなりの努力の跡が見える。
「でも、流石に彼女達も不審に思っているみたいだよ。」
「まあ、だから依頼があったわけだろう? 彼女達の誰かが気がついて君に依頼してきたわけだし。」
「依頼者は彼女達じゃないよーーー」
「まじで?」
「まじまじ」
「じゃあ、誰っすか?」
「彼に振られた女の子。その振り方がムカつくの、一途じゃなさそうとか、すぐ浮気しそうとかって根も葉もない情報で彼女を傷つけたの。その時はそれで引き下がったんだけど、蓋を開けてみれば彼の方がザ・ハーレム王だったというわけなのさ。明智君。」
「俺、江戸川乱歩詳しくないからね。それでその娘が怒って君に依頼したわけか。」
「そう。これは依頼者の復讐じゃないの。女の復讐なのさ。」
少女は長いスカートをふわっと浮かせその小さな体をまわす。
「で? どんな復讐するんだい?」
「つーくんがさっき言ったことだよ。」
「??」
「なに、そのぽかんとした顔。だから、当事者達のことは当事者達に。他人が入ることじゃないんだよ!」
「おまえ・・・まさか。」
「さあ、誰が生き残るのか天下一私が本妻大会開催だよ!」
忠犬のもとにというより石田十一を取り囲むように現れた彼女達。
「いっしー信じてたのに!!」
「騙してたのね。」
「おかしいと思ってたのよ!」
「うわーん。うわーん。」
「嘘だよね。うそだよね。usodayone」
「しねしねしねしねしねしねしね」
「この女のどこが」
「はははははははっはは」
「きーきー」
「・・・・・・・・」
「そんな人と思っていませんでした。」
「ぶん殴ってやる。」
「石田君は悪くない。石田君は悪くない。悪いのはこの女達よね・」
「サイテー」
自業自得とはいえ、地獄にこういう地獄あるのかもな。修羅場地獄。
十人十色それぞれの反応を示す彼女達に幸あれ。
そして、石田よ。生きろ!
「あいつらどうなるんだろうな?」
「それは彼女達が決めることだよ。理不尽を受け入れるか、それとも合理的に解決するかは。」
不倫は文化だという発言をした俳優も過去にはいた。浮気の合理性とは何だろう。
日本の法律においては一夫多妻を認められていない。しかし、もし彼女達が彼のハーレムを認めていたら、これは罪ではないのだろうか? 子孫を残すという意味であるならば、交際相手が多い方が合理的なのではないのだろうか?
俺は、石田十一を見る。彼を殴っている彼女達も。
決して、彼らは笑っていなかった。
彼は彼女達を幸せにできずに傷つけた。その処罰を受けている。
リアルが充実というか明らかにキャパオーバーである。リアオーバーである。
そうか。
まずは真実を明らかにしないことには理不尽を受け入れるか、合理的に解決するかを選ぶことができないのか。
「阿呆なことを考えていない?」
少女の問いに姉が重なった。姿形が似ていないのに。
「俺がリア充じゃなくて本当によかったぜ。」
「いや、リア充って浮気者のことじゃないからね。それにしても仕事に付き合わせちゃって悪かったよ! どっか喫茶店入る? ここらへん詳しくないんだ。いいお店知ってる?」
少女・・・・・・【復讐屋】の彼女は満面の笑顔で呼びかける。
俺は姉の死について、その処遇を未だに決めかねていた。