第五話 これはゲームですか?
さて、王女への謁見を終えた勇者ハヤトは、ひとまず装備を整えるため、城下町に向かうのであった。
城の外に出たハヤトは、広がる光景に目を疑った。
「うわ、なんだよここ。石造りの家がたくさん……。アパートとかマンションとか全然無いし――てか、道がアスファルトじゃなくて土だし。自動車どころか馬車とか歩いてるし……」
だから異世界だって言ってるでしょ。そろそろ現実を受け入れなさい。
「マジかよ。俺、ほんとに違う世界に飛ばされたのか……。なんか漠然とした不安がリアルになってきた」
心配することはないわ。このレオニラ様の言うことにしたがって進めば、ちゃんと魔王を倒して元の世界に帰ってこられるから。
「本当だろうな……。あ、そういえばさっきから気になってたんだけど」
何でも訊きなさい。
「俺の右手首に、いつのまにかオレンジ色のリストバンドがついてるんだけど……これ、なんだ?」
それについては回答しかねます。
「なんでも訊けって言っただろ……。なんか小さな表示画面に【Log in】とか書いてあるし。表のボタンを押したら【strength 8】とかって、表示が切り替わるんだけど」
ああそれ? 【Log in】は、全知全能の神である私、レオニラと話ができる状態ということ。
【strength 8】はハヤトのステータスよ。「腕力:8」っていう意味。冒険の過程で成長していけば、その数値もどんどん増えていくから。
「……あの、さ。素朴な疑問なんだけど」
何でも訊きなさい。
「いま俺がいるのって、王妃とかメイドとかっていう中世の世界だろ。なのになんでこんな現代的な道具が俺の手首についてるんだ?」
それについては回答しかねます。
「なんでも訊けって言っただろ! それに、『腕力:8』って、なんで力が数値化されてるんだよ。なんかこれって、ゲームの世界にいるような――」
……う~ん、さすがにこれ以上はごまかしきれないわね。
この短い間にそこまで推察するなんて、さすが勇者ハヤトね。あなたのポテンシャルは私の想像をはるかに超えていたわ。
「こんなのだれでも気づくだろ……。俺、異世界にトリップしたんじゃないのか?」
そんな細かいことは気にせず、この世界での冒険に没頭してみるっていうのはどう? 異世界トリップもののお話って、主人公が全然違う世界にとつぜん移動しても結構すぐになじんじゃうでしょ。ハヤトもそんな感じでどうかしら。
「知るか! つーかそもそも、そんなに隠し事が多いと気になって冒険に集中できないだろ。いいかげん、ちゃんと説明してくれよ。俺は情報管理棟でお前のいた部屋に入った後、どうなったんだ?」
小国カナンを救うため、王妃が転移魔法によって勇者を呼び寄せたの。その勇者こそ、小鳥遊ハヤト、あなたなのよ!
「そういうのいいから。俺、そろそろ本気で怒るぞ」
あらあら。そんな短気なことじゃ魔王に勝てないわよ。
「………………」
……これはもしかして、最終奥義が出る寸前かしら。
「出せるならほんとに出したい……」
わかったわ。もう少しハヤトと謎めいた異世界気分を味わいたかったけど、仕方ないわね。
ハヤトの言う通り、これはゲームよ。正確には、私が創作したゲームの中の世界。
「レオニラが創ったゲーム?」
そう。「P.T.I.S.」っていうゲーム製作ソフト。「Parallel Trip Intermediate System」の略よ。
ざっくり言うと「創造した異世界へ人間を転送させるソフト」っていうところね。
「簡単に言うけど、そんなソフト、普通に出回ってるのかよ。全然信じらんねーんだけど」
もちろん、世間にリリースなんてされてないわ。これは、アメリカのバージニア州にある名もないベンチャー企業が製作した「闇ソフト」なの。その企業のサイトからダウンロードで入手したってわけ。
でも、人間を違う空間に転移させるっていう特殊な機能を備えているソフトだから、ごく限られた人しかその頒布サイトにアクセスできないの。
「だけど、レオニラは手に入れることができたのか」
そう。不正アクセス、違法送金、ハッキング、麻薬密売――あらゆる手段を使ってね。
「え? いや、それってヤバくないのか……? イオネラ、犯罪に手を染めてるってことかよ」
あ、ごめん。引いちゃった? 最初の以外はウソウソ。けっこう苦労して手に入れたから、ちょっと誇張したかったのよね。
「なんだよその無駄なウソ。それなら――って、不正アクセスも十分犯罪だろ!」
…………あら、混線かしら。よく聞こえなかったわ。
で、そのソフトなんだけど――
「聞こえてて無視したな……」
――仮想とはいえ、さすがに本物の3D世界を創りだすだけあって、ソフトの動作環境として超高性能のコンピュータが必要なの。
それこそ、一般人じゃ絶対手に入れられないような処理速度を備えたウルトラハイスペックのコンピュータ。日本に何台もない貴重なスーパーコンピュータが。
そのとてつもなく高度なコンピュータがある場所。それが、ハヤトに来てもらった椥辻学園の情報管理棟、というわけね。
「……まあ、この世界の存在については百歩譲っていいとして、そのゲームの中にどうやって俺を転移させたんだ?」
この世界の空間と磁場に作用する特殊なプログラム「Leaps」を使用して、あなたを仮想空間に転移させたのよ。
細かい理論や仕組みについては省くけど、コンピュータとあなたの体をつなぐ連絡手段は、特殊なヘッドホンと、いまあなたがつけているリストバンド。この二つを、気絶させたあなたに装着させたの。
で、ヘッドホンとリストバンドをつけた状態でゲームのプログラムを起動させると、みごとにハヤトを異世界へ転移させることができたのでした。
「まてまて。いまさらっと俺を気絶させたって言ったよな。やっぱりスタンガンか何かを使ったってことか?」
スタンガンの一回や二回、男の子なんだから経験しておくべきよ。追いつめられて恐怖におののいた女の子にいつ突き出されるかわからないでしょ。
「どんな状況だよそれ……。てか、やっぱりスタンガンだったのかよ! じゃあ俺の体はまだそっちの部屋にあるのか?」
ううん。このソフトは人間の体自体をゲームの世界にとばすものだから、プログラムが起動した時点であなたはこの世界から消えているわ。いまこの部屋――B101室にいるのは私だけ。
で、私はいまあなたがゲーム上で動いているのを四つのディスプレイで眺めながら、キーボードとかスライドボールとかであれこれ操作しているってわけ。
「んなの、そもそも俺じゃなくイオネラだけでやればよかっただろ。なんで俺を巻き込んだんだよ」
このゲームは、プレイヤーとナビゲーターの最低二人以上いないとプレイできないシステムなの。