第三話 王妃、超悲しいんですけどー
ハヤトが連れてこられたのは、高い天井をもつ広い空間に、赤じゅうたんの敷かれた豪奢な部屋――王妃の間だった。
メイドの手で開かれた扉の先には、金縁の椅子にゆったりと腰かけた王妃がいる。
レースのあしらわれた真っ白なドレスに、パールがいくつもはめこまれた金色のティアラをつけている、二十代の女性。
端正な顔つきで、目元は穏やか。とても魔王の手が迫りつつある国の王妃には見えないくらい、落ち着いた雰囲気よ。
「魔王の手が迫ってるのに、わりと平然としてるよな。恐怖を押し殺そうとしている、とか?」
ま、そんなとこね。カナンの王が魔王に敗れ、いま国を率いているのはこの王妃だから。自分がおどおどしていてはいけないと気を張っている感じかしら。
王妃はあなたの姿を見つけると、にこやかに微笑みながら口を開くわ。
『ハヤト様、ようこそー。この王宮へー』
「ん?」
『なかなか来てくれないから、もしかして嫌われたんじゃないかって思われたんだけどー。来てくれてうれしいわー。ハヤト様、よろしくねー』
「……なんか、口調に緊張感がないんだけど」
王妃は自分の口調をわざと意識して緩めることにより、自分の内にある恐怖を抑え込もうとしているのであった。
「本当かよ……」
『王妃、ハヤト様にお願いがあるのー。ハヤト様を召喚したのは王妃だからー、王妃のお願いを聞いてほしいのー』
「召喚? いや、召喚したのはレオニラじゃないのかよ」
ストーリー的にそういう設定なんだから、とりあえず黙ってなさい。
「めんどくさい……。てか自分のことを『王妃』って呼ぶ王妃ってなんなんだよ……」
『王妃はー、いきなり出てきた魔王さんの脅威にさらされてるのー。周りの国がみんな魔王さんの支配下になっちゃってー。王ちゃんは百万の軍勢を引き連れて討伐に行ったんだけどー。負けちゃったのー。だからもうこの国には魔王さんを倒すだけの力がないのー』
「口調が軽すぎて全然深刻さが伝わってこないんだけど……。とりあえず、王が魔王に殺されて、いまこの国には王妃と少ない手勢しかいないってことだな?」
『あのー。殺されるとかー。簡単に言っちゃいけないのー。だって王ちゃんはまだどこかで生きながらえてるかもしれないからー』
王妃は涙目になりながら、悲しい表情で視線を落とす。
「あ、いや、そういうつもりじゃ……ご、ごめん」
いきなり王妃を泣かせるハヤト。こんなことで、本当にこの世界を救う勇者が務まるのだろうか。魔王を倒す者としての自覚が足りないのかもしれない。
「レオニラが無理やりこの世界に放り込んできたんだろ!」
あら。ここが異世界だってようやく認めたのね。
「いちいち揚げ足とるな。俺は――」
『いいのー。王妃、全然気にしてないからー』
そう言いつつ、これみよがしに両目の涙をぬぐう王妃。控えていたメイドも眉をひそめている。
「くっそ……言い返せない……」
『でもー。だからー。ぜったい魔王さんを倒してほしいのー』
「つーか、さっきの話だと、百万の軍勢でも魔王に勝てなかったんだろ。そもそも物理的に俺一人で勝てるのかよ」
『はいー。ハヤト様ならきっと魔王さんを倒してくれるかなー、なんて思ったりして』
「でも普通に考えてちょっと無理があるだろ。百万人かけても勝てなかった相手に、俺一人とか」
『あ、百万人じゃなかったかもー。百人くらいだったかもー』
「え? いや、それって全然違うんですけど……」
『千人とかー。あれ、一万人って聞いた気もするけどー。まあそんな感じー』
「そんな感じって……。王様が死――倒されたんでしょ? なんでもっと実感ないの?」
『だってー……ぐすん……王妃、軍のことなんて……ぐすん……わかんないんだもん……』
そう言いつつ、これみよがしに両目の涙をぬぐう王妃。控えていたメイドも眉をひそめている。
「ああ、わかった! わかったって! 俺が全部悪かった! 謝るから! 本当に申し訳ありませんでした!」
『ぐすん……。ハヤト様……きっと……きっと、魔王さんを倒してくださいねー……』
「幼すぎだろこの王妃……。ってかレオニラ、本当に大丈夫なんだろうな。もし百万の軍勢でかなわなかったんだったら、やっぱり俺一人で行くとか無理があると思うんだけど」
あ、そのへんはだいじょうぶ。勇者ハヤトには魔王もちょっと引くくらいの反則的なチート能力がバッチリ備わっているから。なにも心配することはないわ。
「チート能力? それって、百万の軍勢に匹敵するものなのか」
それは使ってからのお楽しみ。ふふふ。
「いや、隠す必要ないだろ。自分の能力が分からないとかあり得ねえし」
ま、そのあたりはあとでまとめて説明するわ。