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第十五話 ログオフします


 というわけで、結局ハヤトはブタになってユウのおばあさん、いわゆる大魔女に会いにいくことになったのでした。

 ちなみにハヤトは翻訳魔法「トラスト」をユウにかけてもらったので、卑しいブタになり下がっても人間語で話すことができるわ。


「翻訳魔法あるんならはじめから言ってくれよ……。ってか悪意のある言い方やめろ!」


 さて、大魔女が住んでいるのはステージからさらに少し森の奥に進んだところ。古びた長屋風の一軒家がぽつんとあるわ。ユウの案内で正面の扉をくぐり抜け、クツを脱いでから応接間に上がる――あ、ブタ野郎のハヤトにクツなんてなかったわね。ごめんごめん。


「白々しいな! でも魔女の家って、なんか思ったより庶民的というか、日本の田舎の家みたいだな……。えんがわもあるし」


 のんびりした、スローな雰囲気ね。都会の喧騒を忘れるような。


「ってかここ、ファンタジーRPGゲームの世界観じゃなかったっけ? なんでこんな純日本風なものが出てくるんだ?」


 ……あら、翻訳ミスかしら。ブーブーしか聞こえなかったわ。

 で、木製のイスに座って待っていると――


「絶対聞こえてただろ! ってかもうこのゲームに世界観とか関係ないんだな……」


 ――しばらくして、ユウにつれられた年配の女性が入ってくるわ。古めかしい木製の杖をついて、弱々しい足取りでゆっくりとイスに腰かける。手はふるえていて、目もどこかおぼつかない感じね。


「そうとう弱ってるのか……。まあ、ユウの母親が介護で手をとられるくらいだもんな」


 おばあさんが座ると、ユウはすぐ横に立ってその耳にささやく。


『おばあちゃん。今日はこのブタ野郎が魔王について教えてほしいことがあるからってわざわざここまで来たの。だから答えてやってね』


「どんどん蔑まれていってるな俺……」


 あら。そろそろ侮蔑への快感に目覚めてきたころかしら。


「目覚めねえよ! 俺はMじゃねえ!」


 じゃあ潜在的なMということね。


「なんだよ潜在的なMって!?」


 はいはい。与太話はこれまでにして、さっさと大魔女から魔王についての情報を集めましょ。


「殴りたい……いますぐ殴りたい……」


 さて、なにから質問するブタちゃん?


「…………。

 ええと……じゃあ、とりあえず魔王の居場所かな」


『魔王のいるところですね? おばあちゃん、魔王っていまどこにいるの?』


『はえ?』


『ま・お・う。いまどこにいるの』


『…………えりすさんや、めしはまだかえ』


『うん。[魔王の居場所は私にもわからない]って言ってるよ』


「ちょ、えっ? いま、飯はまだかって言ってなかった?」


『おばあちゃん、ちょっとボケちゃってるから』


「??? ええと、じゃあ――」


『あ、待って。おばあちゃん、なに?』


『…………きょうは、おはぎがええのう』


『[でも魔王はアウス村より東にいるのは確かだ]だって』


「????? ええと、じゃあ、魔王の弱点とか」


『おばあちゃん。魔王に、弱点ってあるの?』


『…………そろそろふろのじかんかのう』


『[魔王は生きる者への絶対的な耐性をもつ反面、死する者への攻撃に弱い。魔王に対抗したくば、死する者を味方につけることだ]だって』


「ボケてるとかそういうレベルじゃないだろ! それってもうユウが答えてるだろ!」


『そんなわけないじゃないですかぁ。ただおばあちゃんの言葉をわかりやすく言い直してるだけですよぉ』


「言い直すだけで文字数全然違うのはなんでだよ……」


『質問はそれだけですか、ブタ野郎さん』


「ってか俺はハヤトだっつーの!」


 実際にブタなんだからしかたないでしょ。ハヤトの体はいま魔女に従順なオスブタなのよ。恥辱にまみれた卑しいブタ野郎なの。いいかげんに認めなさい。


「だから辱めるのやめろ! ええと、あと魔王について聞くことは――」


『あ、まって。おばあちゃんが……』


『…………は、はぁぁ! よさくさんがよんでおる! はやくおがみに……』


『ごめんなさい。礼拝の時間だから、今日はここまでね』


「礼拝ってなんだよ! 仏壇の前で手を合わせるだけだろ! ってか、魔王の居場所がわからないと手詰まりなんだけど……。他に知ってそうな人っていないのか」


『じゃあ、最後にそれを訊きますねぇ。おばあちゃん。魔王の居場所を知ってる人、いる?』


『……………………はえ?』


『[この森を東へ進むと洞窟がある。その中に魔王の直属の配下が潜んでいるから、その者を倒して情報を手に入れるのが一番の近道だ]だって』


「もういまの100%ユウさんの言葉ですよね! 魔王のこと知ってるのに知らないふりしておばあさんから聞いている体をしているだけですよね!」


『ぶー。そんなこというと、ブタのままうちの庭に閉じ込めて大量のエサでぶくぶく太らせてから、ソーセージにして食べちゃいますよぉ☆』


「軽い調子でエグい発言だな!」


 じゃあハヤトはブタ野郎のままここで短い一生を過ごすということでいいのね?


「……よくありません。謝りますからいますぐ元に戻してください。もうブタはかんべんしてください」











 大魔女から魔王に関する情報を得たブタ野郎ハヤトは、ユウの魔法で残念ながら元の姿に戻ったのであった。


「残念ながらはよけいだ。でもやっと人間に戻れた……」


 ユウとはこれでお別れだけど、どうする? プレイ時間も長くなってきたから、そろそろ宿を決めてログオフしましょうか。


「そうだな。――さっきも訊いたけど、ログオフ中は普通にこの世界で生活できるんだよな」


 マニュアルにはね。そう書いてあるわ。少なくとも新しいイベントが発生することはないはずよ。


「この村の人とも普通に話せるのか?」


 なんとも言えないわ。私は村人にそこまで設定してないけど、もしかしたらこのゲームの仕様で、ログオフしたときのための人格があらかじめプログラミングされているのかもしれない。ひょっとすると、ログオフしたとたんだれも話さなくなったり、同じセリフを何回も繰り返すだけの存在になるかも。


「それはイヤだ……。ってかこれ、レオニラがログインしないと俺もずっとログインできないのか」


 それはお互いさまね。両方がログイン状態になってはじめて、こちらの世界とそちらの世界がつながるの。だからとりあえず、ハヤトはログインしたままの状態でいてくれればいいわ。私の方から通信をつなぐから。


「そうか。――できるだけ早く戻ってきてくれよ」


 分かってる。リビルドしなきゃいけない項目が山積みだけど、二十四時間以内には必ずログインし直すわ。


「とりあえず次設定するときは、もう少しまともなキャラも出してくれよ」


 あら。私のキャラは変なものばかりだったとでもいうの。


「どうみても一般の範疇にはおさまらないような変わった人たちばかりだったけどな……」


 ユウのおばあちゃんはかわいそうね。ブタ野郎なんかに変人呼ばわりされて。


「だから辱めるなっつーの! ってか魔女のおばあさんにべつに文句はないっての」


 そう。私の祖母を基にしたんだけど、お気に召したみたいね。


「身内がモデルかよ……」


 私、おばあちゃんっ子だから。


「知らん……。まあ、俺もおばあちゃんっ子だけど」


 そうなの? ということは、いわゆる親が共働きってやつね。


「いや、親は小一の時に事故で死んだから。小中のときにおばあちゃんのところに引き取られたんだ。まあでも、そのおばあちゃんも高校のときに病気で亡くなったけど」


 ……そう、なの。


「大学一年の時は伯父の家に居候させてもらったんだけど、やっぱり他人の家の感じがして落ち着かなくて……それで今年から独り暮らしをはじめたんだ。でも結局生活費に困って、こんなことする羽目になったんだけどな」


 …………。


「…………」


 …………。


「…………」


 …………。


「…………」


 ――さあ、盛り上がってきたところで、ログオフといきましょうか!


「どこが盛り上がったんだよ!」






<Game master have logged off.>


<P.T.I.S. is suspended the processing.>


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