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第十三話 魔女のいる村

 それからいくつかのレッドドラゴンを倒したハヤトは、ようやく魔女がいるとされている山裾の村、ハディトに着いたのでした。


「あーあ、なんか疲れたなもう……」


 あの程度の敵で弱音はかないの。これからもっと強い敵がバシバシ出てくるんだから。


「強い敵も重い敵もかんべんしてほしい……」


 元気出しなさい。もうひとつイベントをこなしたら、宿でセーブしてログオフしましょ。


「ログオフか……。そういやこれ、ログオフするとどうなんの。次のログインまで俺の意識は消えたままなのか」


 P.T.I.S.のマニュアルでは、ログオフ中のプレイヤーは異世界にいたまま普通に生活できるらしいの。まあ、その「普通」っていうのがどういう意味なのかいまいちよく分からないんだけど。そのあたりも次回のログイン時にレポートしてくれると助かるわ。


「とりあえず、このまま続くってことか……って俺、いつのまにか実験台にされてる?」


 あなたは被験者だっていうことを忘れないでね。


「じゃあもし――万が一だけど、このゲームのセーブデータが途中で消えたりしたら、俺はどうなるんだ」


 当然、消滅するわね。


「おい!」


 だいじょうぶだいじょうぶ。この椥辻学園にある「高度量子コンピュータ」は日本でも有数の演算能力を備えたものだから厳重に管理されているし、保守は万全よ。そもそも私が管理していて、データが消えるとかあり得ないし。


「ていうか、俺はお前の正体がいまだに分からないままなんだけど……」


 知らなくてもいいことだってこの世にはあるのよ。


「俺がいるのは違う世だけどな……。あ、そういや、ここまででシナリオ全体のどのあたりまで進んだんだ?」


 ゴールを100%とすると、いまはざっくり言って25から30%ってところね。


「お、案外きてるんだな。まだ全然だと思った。それならもうログオフせずに一気に片付けたいんだけど」


 あいにくそれはできないわ。このゲームの再構築率が67%まできてるから。


「再構築率?」


 ハヤトがなにか行動するたび、その先のシナリオが少しずつ変わっていくんだけど、それを「シナリオの再構築」っていうの。たとえばさっき少年が敵として出てきたところで、あなたは「ナイフを奪う」という選択をしたでしょ。でももし別の選択をしていれば、これから先のシナリオは少し違ったものになるの。


「そうなのか?」


 ええ。そうして細かい分岐をひとつひとつ選んでいった結果が、いまのハヤトなわけ。これまでのあなたの選択で、この先のシナリオは少しずつ変化していくし、それに合わせてコンピュータはシナリオを何度も書き直すのよ。

 その処理速度に対する再処理が必要なシナリオの割合が、再構築率という数字で表されるの。いまハヤトのいるシナリオのうち処理済みは33%だけど、これが0%になれば強制的にシナリオが停止するわ。そうなれば、いったんゲームをログオフして、再構築されるのを待たないといけないの。

 処理が速くなるよう私も少し手を入れるけど、完全に再構築するまでは一日、二日は覚悟しておいたほうがいいわね。


「うーん……。あんまり大学の講義を空けたくないんだけどな」


 日当五万円、二日で十万円だけど?


「レオニラ様、存分に時間をおかけ下さい」


 うむ、よろしい。ま、心配しなくても、ハヤトの出席は私がとっておくわよ。


「え、そんなことできるのか?」


 まあ、ね。私は全知全能の神・レオニラだから。


「その設定、もう信じてないって」


 ノリが悪いわね。さあ、そろそろゲームに戻りましょ。

 さて、ハディト村は山裾にある人口二百人程度の小さな村よ。人家はまばらで、家のそばには棚田の稲作地と畑地が広がっている。さらにその向こう側には山頂まで続く森がみえるわ。カナンの城下町に比べると、静かでのどかな雰囲気ね。

 そんな村の中の道を歩いているうち、ハヤトは奇妙なことに気づくのでした。


「奇妙なこと? いや、俺まだなにも気づいてないんだけど」


 気づきなさい。ほら、周りをよく見て。


「うーん、よくある村の光景にしか見えないけど……」


 気づくのよ。じゃないと話が前に進まないから。


「って言われてもな……。しいて言えば、老人とか子供しかいないことか。大人もいるけど、女の人ばかり」


 ピンポンピンポンピンポンピンポンーーー! 大正解!!

 勇者ハヤトは、この村に大人の男性が全く見当たらないことに気づいたのでした!


「無理やりな誘導だな!」


 で、どうする?


「事情はよく分からないけど、とりあえず魔女の居場所をたずねてみる。近くの子ども連れの女性に声をかけよう」


 じゃあ、幼い子どもといっしょに歩いている女性にハヤトがたずねる。


「すみません。この村の魔女について――」


『あっ、コミケでウケるシュン君のコスプレ帷子! もしかして、魔王討伐の勇者様ですか?』


「シュン君の知名度すげえな! ってかなんで勇者だと?」


『王国から周辺の各村にお触れが出たのです。[コミケでウケるシュン君のコスプレ帷子を着た青年は、魔王を討ち果たすために異世界から招かれた勇者である]と』


「みんな、シュン君のコスプレ帷子で通じるんだな……。あ、それより、この村に魔王のことをよく知る魔女が住んでいるって、城の王妃から聞いてきたんですが」


 すると、その女性は急に顔を曇らせた。


「えっ。ど、どうしたんですか」


『じつはここ半年ほど、村の男たちはみんな森の中に住んでいる魔女のところに行ったまま、日中ほとんど帰ってこないんです』


「帰ってこない?」


『はい。私の夫も初めて森に入ってからというもの、毎日通い続けていて……昼間は村にいないんです。ろくに仕事もせずに』


「何をしに森へ?」


『分かりません。夫に訊いても、適当にはぐらかすばかりで何も答えてくれないんです。それに、家にいるときはどこかぼんやりとしていて、心ここにあらずという様子で……。きっと魔女が夫の――村の男たちの心を、邪悪な魔術で操っているに違いありません。お願いです、勇者様。魔女のいる森に行って、原因を探ってきて下さいませんか』


「ええ。どのみち魔女に会うつもりだったから、とりあえず行ってみます」


『あ、ありがとうございます!』


 女性は魔女のいる森の場所を教えてくれるわ。ちょうど村の裏側にある森ね。さっそく行ってみる?


「そうだな。――ところで、魔女っていうのはどんなやつなんだ」


 さっきの女性が知っているところでは、もう数百年前から森に住んでいて、ずっと魔術の研究をしているそうよ。村でも会ったことのある人間はほとんどいない。つい半年前までは、ね。


「もし村中の男たちが魔女に操られていて、それ全部敵に回すことになったら厄介だな……」


 あら、チート能力で全員斬り伏せればいいでしょ。


「んなことしたらバッドエンド決定だろ……。とにかく行くだけ行ってみるよ」


 うふふ。ハヤトもようやく勇者らしくなってきたわね。感心感心。

 さて、木々が生い茂る森の中を進んでいくと、鳥や虫の鳴き声に混じって、遠くから音が聞こえてくる。


「音?」


 そう。さらに近づくと、それが音楽であることが分かるわ。それに、声も聞こえる。メロディに合わせた女の子の声と、大勢の男の声。


「どういうことだ……? ちょっと木陰に隠れてこっそり近づいてみるか」


 姿を見られないよう近づいてみるのね? じゃあ、遠くにやや開けた場所が見えるわ。その中央にはステージが設けられている。


「ステージ?」


 大きな野外ステージの上には、紫と白のドレスシャツに、短いフリルスカートで着飾った女の子がみえるわ。一人だけね。どこからともなく流れる音楽に合わせて踊っているの。ステージの前は、二百名ほどの男たちで埋め尽くされているわ。


「……えーと、これはもしかして」


 ライブ会場にみえるわね。


「もう世界観ぐちゃぐちゃだな……」


 音楽が終わったところで、女の子がよく通る声で目の前の男たちに呼びかけるわ。


『みんなー! 今日も[ユウのスペシャルサマーライブ イン ウィッチーズ フォレスト]に来てくれて、どうもありがと~♪ 十二日目も盛り上がっていくから、よろしくね~☆』


 男たちは手にした光る棒を掲げて振りながら、次々に『ゆうた~ん!!』と叫んでいるわ。たぶん、これが村人ね。


「ええと、じゃああの女の子が……魔女?」


 そういうことになるかしら。


「なんか想像してたのと違う……。どうみても俺より年下だし。ってかなんでライブしてんの?」


 それをこれから調べるのよ。さて、どうする? 無防備に近づいてみる?


「うーん……。とりあえずライブが終わるまで隠れておいたほうがいいか」


 じゃあ、ハヤトは草むらの裏で隠れ続けた。


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